都営バス資料館

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担当営業所

江東営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
東荒川~亀戸駅通り~森下町~茅場町~東京駅降車口 10.808km

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
25 S22. 5.15 江東 7.208km 亀戸駅通り~森下町~東京駅降車口が開通
25 S22. 9. 1 江東 10.808km 東荒川~亀戸駅通りを延長
25 S23.10. 1 江東 *** 東荒川~東京駅降車口を廃止

路線概要

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 東荒川と東京駅北口を結ぶ。東荒川はかつて江戸川区内に走っていた都電の終点で、現在の東小松川の首都高7号線の真下にバス停があったようだ。そこから小松川橋を渡って京葉道路を亀戸駅通りまで進んだ後、左折して明治通りに、そして城東区役所(現西大島駅)から新大橋通りを森下町・浜町中ノ橋と進み、茅場町を右折して永代通りに入り東京駅降車口(北口)を終点としていた。

歴史

 昭和22年5月開業で23年10月廃止とわずか1年5カ月の命であり、当時でも相当に短命なほうであった。実はバス路線というよりは、都電代行路線という意味合いのほうが強い。
 開設当初は亀戸駅通り~東京駅降車口という設定であった。新大橋通りの区間は都電36系統(錦糸堀~築地)と完全に並行しているが、都電のこの区間は東京大空襲以来運転を休止しており、まだ復旧していなかったためのバス路線設定であろう。亀戸駅通りが終点というのが面白いが、一旦亀戸駅に入っていたか、あるいは市バス統合前の東京地下鉄道が使っていた京葉道路沿いにあった折返所を利用していたのかもしれない。
 開通時の資料では、片道29分、運転回数100~120回、亀戸駅通り発6:30~19:01となっている。終バスが異常に早く感じるが、戦中に物資不足から終車の時刻はかなり繰り上がっており、それを踏襲したのだろうか。
 同年9月には東荒川まで延伸された。この時、都電は城東電軌由来区間と元々の市電の境であった錦糸堀で線路が接続され、西荒川~錦糸堀~須田町方面に直通運転を始めるようになったが、荒川放水路をまたぐ西荒川~東荒川の部分はバス連絡となっていたため、東荒川からの暫定的な都心直通系統として本系統が設定されたものと思われる。
 しかし、昭和23年10月、新大橋通りの都電が復旧し、都電36系統が開通したのと入れ替わりに、全線廃止となった。[25]の番号は直後に同潤会~平井駅~浅草寿町(→)という系統に使い回され、以来忘れられた系統となった。

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