都営バス資料館

越すに越されぬ八ツ山踏切

品川駅と品川車庫の間には、京浜急行の八ツ山踏切がある。かつては京浜急行が品川駅付近で路面電車だった痕跡を物語るかのような急カーブ上に設置されており、ここを通る電車は大きく減速する。さらに都心側の品川駅近くとあって終日列車の通過本数は多く、特に朝は開かずの踏み切りと化し、ここを通り抜けるのに何分もかかるという有様であったことから、昭和60年頃から対策がとられることとなった。当時この踏切を渡る系統は、かつては[四92](四谷駅~赤羽橋~品川車庫)、[四97](四谷駅~青山一丁目駅~品川車庫)、[品93](目黒駅~品川駅~大井競馬場)の3系統が存在した。現在残るのは[品93]と[四97]が路線変更した[品97]だが、3系統とも避け方が多少異なっていたのが面白い。ここでは3系統それぞれについて紹介する。
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[品93]の場合

昭和61年3月より、図の通り品川駅~天王洲橋間を第一京浜経由で迂回運行を行い始めた。迂回運行当初は第一京浜上の八ツ山橋、北品川は通過していた。この区間が東急の縄張りだったのかどうかは定かではないが、この2停留所に停車するようになったのは平成13年4月のことである([四97]→[品97]も同様)。北品川二丁目は非経由となる東品川一丁目の代替としての意味合いもあったのだろう。
方向幕は長らく専用のものは装備されず、バスの前面に専用の札をさげていたが、平成12年12月の改編に伴う幕交換より専門の幕が装備された。ほとんど使わないはずの品川駅発着まで用意されている([品91]との区別のため、現在は品川駅止まりのみ「品川駅西口」表記)。さらに平成17年3月の改編でもう一回幕交換され、「第一京浜国道経由」の部分がオレンジ色になった(前ページ最下段)。
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[四92]の場合

朝ラッシュ時に限り、品川車庫~品川駅の運転を行わず、四谷駅~品川駅の間で運転を行っていた。品川駅の折り返しだが、当初は現在の高輪口駅前のタクシー乗り場付近で降車を行った後、Uターンするようにホテルパシフィック東京前の乗り場へと戻っていたが、品川駅改良工事でこれが不可能になった後は、ウイング高輪脇の南行きバス乗り場で降車を行った後、直進して八ツ山橋を左に曲がり、京急の踏切の手前で右折してUターンする形で第一京浜に戻っていた。品川バスターミナル発の夜行バスも、このルートで転回して次のターミナルである浜松町へと向かっていた。
しかし、これも八ツ山橋付近の立体交差の工事により通行不能になり、平成12年4月より後述の[四97]と同じく第一京浜経由の品川車庫経由へと変更された。しかしながら同年12月に系統自体が再編で廃止され、この運行が見られたのはごく僅かな期間であった。

[四97][品97]の場合

[四92]とは異なり、朝ラッシュ時の品川駅~品川車庫は北品川(第一京浜)経由で運行していた。両方とも品川駅止まりにしてしまうと、品川車庫・東品川一丁目から品川駅方面に行けなくなるための措置であろう。平成12年12月の改編で[品97]と改番し、品川と新宿の共管にした後も同じような運行形態を続けていた。
しかし、平成15年4月に品川駅付近で経路変更を行い、魚籃坂下→高輪警察署→品川駅→泉岳寺→魚籃坂下とループ状に戻るようになったころから雲行きが怪しくなる。この変更で品川駅~品川車庫間は出入庫運用が走るのみとなり本数が半減し、平成17年4月には収支改善を目的として杉並(はとバス委託)に移管されたことから、北品川経由は朝1本の品川車庫発を残して全廃された。
ちなみに方向幕は平成12年12月より上の[品93]と同じく第一京浜国道経由と表示したものが品川には新たに入った(写真)が、新宿担当分に関しては従来通り前面札で対応しており、新宿にも迂回の幕が入ったのは翌平成13年の5月頃のことであった。

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