都営バス資料館

元赤坂の消えた停留所

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 平成12年12月の大江戸線改編で区間ごと消滅した外堀通りの四谷見附~赤坂見附~溜池。長らくの間、四谷見附から赤坂見附には停留所が存在せず、一気に坂を行く区間として有名だったが、かつて、わずかな期間、この間に停留所が存在した。「若葉一丁目」と「元赤坂一丁目」がそれである(図は昭和45年現在)。
 若葉一丁目停留所は、昭和42年12月の都電代替時に誕生した。この区間を走っていた都電3系統(飯田橋~品川駅)が廃止されるときに代替バスとして[503](後の[四92])系統が開通したのだが、都電には四谷見附と赤坂見附の間に若葉一丁目電停があったため、そのまま引き継いで誕生したものである。ちょうど迎賓館正門前の通りと外堀通りが交わる付近に電停があり、バスも引き継いで新たに停車することになった。同時にここを通る[8](新橋駅~目白駅~豊島園)、[108](新橋駅~目白駅~大泉学園駅)、[111](新橋駅~新宿駅南口~下高井戸)の3系統も同時に停車した。
 しかし、この停留所はわずか4年もしないうちに廃止されてしまう。周囲には迎賓館と上智大のグラウンドしかないこともあり、都電時代から乗降客数は極端に少なかった(昭和35年調査で1日乗降客数200人)。他の原因もあったのかどうかは不明だが、昭和46年中頃に廃止されてしまった。
 もう一つの元赤坂一丁目だが、こちらは都電時代には存在しなかった停留所であり、昭和45年頃に開設された。開設の理由は不明だが、要望でもあったのだろうか。新橋方面はお堀に面しているということもあり、四谷方面のみの開設となった。正確な場所は不明だが、停留所名称と設置できそうな場所から考えて、サントリー美術館と迎賓館の敷地の間の200mの間と思われる。若葉一丁目と同様に、全系統が停車した。
 しかしながらこちらも5年と長続きしなかった。昭和50年には廃止され、路線図から抹消されてしまう。それなりの集客は見込めそうだが、道路交通上の問題でもあったのだろうか。理由は謎だが、ともかくこうして四谷見附と赤坂見附の間は停留所がなくなり、昭和40年代以前と同じ姿に戻った。
 かつて元赤坂一丁目の停留所のあった付近には、近年になってちぃばす(青山ルート)の終点として赤坂見附駅の停留所が再び設けられている。

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