都営バス資料館

系統番号あれこれ

1. 無番の系統

 都営バスの系統には全て系統番号がついている。方向幕では番号が書かれていない系統でも、何かの枝系統であったり、出入庫だったりする。それでは全ての系統に番号が振られていたのかというと、僅かながらそうでない例もあった。
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 1つは[特区]東荒川~西荒川。これだけ見ると何のことだろうと思うが、大昔に存在した都電連絡系統である。もともと城東地区の都電は城東電軌という会社が敷設していったのだが、亀戸駅通りから西荒川(現在の小松川第二小学校付近)と東荒川(現在の首都高小松川線の中川の堤防、稲荷神社付近)から今井まで開通した後、荒川・中川をまたぐ部分については資金がなく、小松川橋経由のバス連絡で行っていた。それが昭和17年の交通統制でそのまま東京市(当時)に引き継がれたのである。統合当時は[54]西荒川~松江~同潤会の枝系統として西荒川~東荒川が存在したが、戦時中の不要不急路線整理の中で廃止され、昭和22年12月に復活したときは無番の特区系統という扱いだった。この当時の1区運賃が2円だったのに対し、この系統は1円であり、その後もインフレで1年ごとに運賃改定が行われていく中で、一般系統のおよそ半額であり続けた。
 この系統が廃止されるのは昭和27年5月のことである。このときにトロリーバスの上野公園~今井が開通したことにより都電26系統・東荒川~今井が廃止され、電車連絡の役割を終えたためである。今は東荒川・西荒川とも、首都高小松川線の敷地に転用されて停留所の面影はほとんどないが、かつては確かにここが終点であったのだ。なお、東荒川の脇には今の臨海支所の前身の江戸川営業所(旧)のさらに前身である都営バスの東荒川営業所があった。
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▲無番代替系統(交通局報、昭和41年6月号)
 他に無番系統というと、[都電代替]志村車庫~巣鴨駅が挙げられる。地下鉄三田線の建設にあわせ、昭和41年5月に一足早く廃止された都電18・41系統の巣鴨駅~中山道~志村橋の代替として開通したバスで、書類上では無番であった。資料には運転期日として「5月29日から6号線(編註:三田線のこと)開通時まで」という注釈があり、臨時系統のような扱いで開通したためかもしれないが、系統番号がないというのは珍しい。さらに一足早く昭和38年に廃止された都電14系統(新宿~荻窪)の代替バスは[79](四面道~新宿駅西口)を名乗っただけに、なぜ番号を付けなかったのは謎だ。
 便宜上、全線並行する[105](蕨操車所~巣鴨駅~東京駅北口→[東55]:廃止)の子系統として扱う場合もあったようだ。これらの都電代替系統は昭和43年12月の6号線の志村(現高島平)~巣鴨の開業を契機に、昭和43年末限りで統合廃止されたが、統合して新しく開設した志村車庫~巣鴨駅~一ツ橋については、今度は[105折]と普通の系統番号を名乗った。

2. 番号だけ変わった?

 数ある都営バスの系統の中には、運行区間は変わっていないのに所属する系統番号だけ変わってしまったという例もある。前章で述べた[平23乙]→[上23]などのように、親番号ごとまとめて改番される場合もあるが、そうでない場合を見てみよう。
 最初の例は、[東18乙]東京駅南口~有明テニスの森である。銀座・晴海三丁目・豊洲・東雲経由で昭和59年に開通した系統である。[東18]の本系統は東京駅南口~勝どき二丁目~門前仲町なのだが、昭和63年の有楽町線新木場延伸で月島駅が開業することで廃止されることになり、[東18乙]はそのまま残ることになったため、[東15](東京駅八重洲口~深川車庫)グループに吸収されて[東15丙]と番号を変更した。
 もう一つは、品川駅~御殿山ガーデン(旧・御殿山ヒルズ)である。平成2年11月に開設されたときは、[反90甲]五反田駅~品川駅を親系統として[反90折返]と名乗った。本系統とは完全に独立しているだけに、別の系統番号を名乗っても良かったのだろうが、そこは事情があったのだろう。五反田駅を発着していないのに[反]はどうかとも思うが。
 これが平成12年12月の大江戸線改編で、事情が一変する。[反90甲]はその他の系統と統合されて、[反96]という番号になった。[反90]は五反田駅~三田駅となり、品川駅とは完全に関係なくなったため、この路線の所属は自動的に[反90]から[反96]へと変更され、案内も全て書き換わった。

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 おまけで、葛西駅~富士公園~コーシャハイム南葛西という系統もある。将来の路線拡張を見込んだのかどうかは不明だが平成13年に開設され、平日のみ数往復しているが、一般の路線図からはほとんど無視されている隠れ路線である。開設当初は[臨海28](一之江橋西詰~葛西駅~葛西臨海公園駅・臨海車庫)の子系統とされていたが、平成16年の臨海のはとバス委託で[臨海28]は江戸川、この系統は臨海と所管が生き分かれたため、[葛西22出入]という扱いになった。気にするのはマニアくらいだったかもしれないが……
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▲富士公園
 ちなみに、生き別れた葛西駅~臨海車庫の系統番号名だが、旅客案内上2つの系統番号が並存しているのは分かりづらいということか、平成26年から両方とも[臨海28乙]に統一された。
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▲[臨海28乙]系統[Poke]

3. 一番使われている数字

 01から99まである数字だが、01~から振ってばかりで使用数字が偏っていることも多い民営各社に比べると、都営は番号をまんべんなく使っていると言える。といっても都営も最近は01を乱発しているが、それはさておき、便利に使われすぎている00番台を除くと、一般系統で一番使われている番号は何だろうか。
 用いた漢字の種類が多いという意味ならば、答えは[22]と[28]である。江戸川区は今までも述べた通り系統数が多く、20番台は飽和気味なのだが、[22]は[里22][新小22][東22][葛西22][臨海22][錦22][×浦22]、[28]は[錦28][平28][×東28][両28][×草28][臨海28][船28]とそれぞれ延べ7種類が使われている(×は現存しない)。ただし、[錦28]は[東28]の、[両28]は[草28]の、[葛西22]は[浦22]の短縮でできた系統ということを考えると、同時期に存在するという意味では[22]のほうが一枚上手だ。[22]はここ2~3年で、出入庫専用系統である[錦22](錦糸町駅~臨海車庫)、[臨海22](船堀駅~臨海車庫)が相次いで開通したということもあるが、なぜどちらも22番を名乗ったのかは謎に包まれている。

4. 使ったことのない番号

 逆に、使ったことが一度もない番号はあるのだろうか……というと、もちろん存在する。営業路線だと、09・36・56の3つは使われたことがない。もっとも、09は臨時路線も含めれば[艇09](江戸川競艇場→亀戸駅)が現役だし、過去には[劇09]明治座→渋谷駅などもあった。
 36・56は一回も使われてないのだが、56は実は使われそうになったことはある。新系統番号の導入される前日、昭和47年11月11日の運行をもって廃止された[116](上野広小路~駒込駅~王子駅~川口駅、国際と共同運行)と[127](志村車庫~池袋駅東口~上野広小路~浅草寿町、国際と共同運行)は、交通局報の新系統番号予定表には、[116]は[上56]、[127]は[草57]という番号が振られていたのである。もっとも、「都電代替運行後廃止」と註がついていたことからも、余命いくばくもない系統であったのは確かなようだ。
 36は使われそうになったことすらない。30番台は墨田区方面の系統なのだが、今でもここを通る系統は色々とあることを考えると、30番台をもっと積極的に使ってもよかったという気もする。

5. 甲乙丙……?

 前章で述べた通り、枝番の区別には十干の甲乙丙…を用いていた。では最大でどこまで存在したのかというと、5番目の「戊(ぼ)」までである。[西葛27][品98]にそれぞれ存在した。[西葛27](西葛西駅~臨海町二丁目団地)ほどの短い系統にそれだけ派生があったのが驚きだが、平成元年3月より以下のように分けられていた。
西葛27甲(往) 西葛西駅→清新町二丁目→紅葉川高校→葛西市場→臨海町二丁目団地
西葛27甲(復) 臨海町二丁目団地→紅葉川高校→清新町二丁目→西葛西駅
西葛27乙(往) 西葛西駅→清新町二丁目→紅葉川高校
西葛27乙(復) 紅葉川高校→葛西市場→臨海町二丁目団地→紅葉川高校→清新町二丁目→西葛西駅
西葛27丙(往) 西葛西駅→清新町二丁目→葛西処理場→紅葉川高校→葛西市場→臨海町二丁目団地
西葛27丁(復) 葛西処理場→清新町二丁目→西葛西駅
西葛27戊 西葛西駅→清新町二丁目→紅葉川高校→臨海町二丁目団地→新田住宅→西葛西駅
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 甲は本線、乙は朝ラッシュ時のみ、葛西市場付近の乗客をそのまま西葛西駅まで乗せられるようにするため、紅葉川高校で区切っていた路線である。丙は朝の片道1本だけ存在する葛西処理場経由で、丁は夕方の片道1本だけ存在する、処理場始発の西葛西駅行き。そして戊は22時代に走る、深夜バスと同じ経路の一般路線バス(深夜前バス)となっていた。
 以上を、路線図とにらめっこしながら紐解いてほしい。
 平成4年3月に朝ラッシュ時の紅葉川高校発着便が廃止され、全て[甲]に統合され、丙・丁・戊はそれぞれ乙・丙・丁に繰り上がり、今は整理されて本線が甲、西葛西駅→葛西処理場→臨海町二丁目団地が乙となっているが、運行自体は4種類とも現存する。

6. 書類と違う案内

 前項でも取り上げた[西葛27]だが、方向幕とは違いが生じている。写真は平成16年に幕交換された後の方向幕なのだが、ここでは一周する深夜前バスが[西葛27乙]を名乗っているのだ。かつてなら[西葛27丁]、今は特に枝番が設けられていないはずなのだが……。本当の[西葛27乙]である処理場経由もこの交換で専用の幕が設けられたが、こちらに関しては[西葛27]表示のままである。
 また、甲と乙・丙で2グループに分かれる場合、後者は一括して[乙]と案内することもあった。例えば、第1巻で挙げた[東22乙]・[東22丙](東京駅北口~IBM箱崎ビル)は途中の経路が違うが両方とも[東22乙]として案内していたし、昭和57年に廃止された[里48乙](日暮里駅~日本医大病院~文京区役所)・[里48丙](日暮里駅~根津一丁目~文京区役所)は両方とも[里48乙]として案内され、日本医大病院回り・根津一丁目回りとして区別されていた。
 その他では、築地市場に行く[市01]についても面白いことがある。少し前まで、[市01甲](新橋駅~朝日新聞社~築地中央市場)、[市01乙](新橋駅~朝日新聞社循環)と方向幕や各種案内でも区別されているのだが、元々の告示書類では甲乙が分かれていないのだ。甲乙の区別があっても幕にまで表示する例は少ない中、こういった独自(?)の案内を徹底しているのは珍しかったと言えるだろう。

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▲平成17年までは甲乙表記があったが、現在は右の表記に統一された

7. 唯一の「丙」表示

 枝番で甲乙丙……と区別を行うのが都営バスの伝統的な方法であるというのは書いた通りであるが、方向幕や案内まで区別する例はあまり多くない。甲・乙を区別するのはいくつか見られるが、「丙」まで来ると方向幕で明記する例はほとんどない。
 唯一例として見つかったのは、2.で挙げた[東18乙]→[東15丙](東京駅南口~銀座四丁目~豊洲駅~有明テニスの森)のみである。さすがに[東15]本線とは路線形態が違う(といっても途中の勝鬨橋から東雲まではずっと並行だが)ためかもしれない。しかし、[東18乙]時代から変わらず出入庫路線のような扱いで、本数も一日数本と多くなかった。結局、[東15丙]になってからわずか半年後の昭和63年12月には廃止されてしまい、方向幕が見られたのは僅かな期間であった。こうなると、なぜ有楽町線開通の改編時に生き残ったのかが不思議である。
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▲[東15丙](目)

8. 系統番号の使い回し

 漢字+数字2桁という構成を取っている以上、廃止されてもう一回全く同じ番号が使い回されるということはなかなか起こらないが、そうなってしまった例も存在する。
 古くは、[新小20]が挙げられる。初代は昭和42年に開通した新小岩駅~(船堀街道)~宇喜田~新田という系統で、昭和52年に東西線より北側を大胆に切り捨てて[葛西20]葛西駅~新田~堀江町(現なぎさニュータウン)に路線変更し、その後の西葛西駅開業で今の[西葛20]になった。
 ここまで変化すると路線短縮というよりは廃止・新設と言ったほうがふさわしいのだが、それはさておき二代目はご存知、現在の[新小20]東新小岩四丁目~(環七)~一之江駅である。昭和62年に開業した系統なのだが、当時は[新小]を冠する系統には21,22,24,27,29があり、また沿線の近くで全く使われていなかった20番なら紛れがないと判断したのだろう。
 最近の有名な例としては、[飯62](小滝橋車庫~都営飯田橋駅)と[宿75](新宿駅西口~東京女子医大~三宅坂)が挙げられる。大江戸線開通によって不便になったバス路線を地元の要望で一部復活させるという形でいずれも平成14年に開通したのであるが、これらの系統番号は、かつて昭和54年の改編で廃止された[飯62](九段下~池袋駅東口~池袋サンシャインシティ)と[宿75](新宿駅西口~荻窪駅~清水操車場)が使いまわされているのだ。
 ここまで同じだと、狙って番号をつけたのではないかとも思えるくらいだが、今の[宿75]は途中まで並行している[宿74](新宿駅西口~東京女子医大)の、[飯62]も途中まで並行している[橋63](小滝橋車庫~新橋駅)の続き番号になっていて、妥当性のある番号になっているとも言える。
 逆に、復活したのに使いまわしされなかった例もある。平成8年に開通した[海03](東京テレポート駅~清掃局庁舎)は平成15年の改編で貸切系統に立場が変わることになり、一般系統としては廃止されたのだが、平成18年にもう一度一般系統として復活ときは[波01](東京テレポート駅~中央防波堤)という系統番号になった。運転形態はほとんど変わっておらず、わずかに終点の位置が庁舎の構内から脇の路上に変わった程度だが、そのままの番号で復活しなかったのは大人の事情があったのかもしれない。

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▲初代[宿75] (真)
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▲2代目[宿75]
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