羽後交通/三菱/KK-MK27HM
いすゞ大型の移籍から羽後の都営移籍はしばらく間が空き、K代MKが平成30(2018)年5月に1台のみ登場した。羽後交通でのMK10.5m車は初と...
いすゞ大型の移籍から羽後の都営移籍はしばらく間が空き、K代MKが平成30(2018)年5月に1台のみ登場した。羽後交通でのMK10.5m車は初と...
近年の都営バス移籍車流通を再開により、以前からの縁もありいすゞエルガを3輛購入した。平成28(2016)年6月に最初にデビューしたのが1171...
[motolist company=UGO kata=KL-HR1JNEE] L代の固定窓HRが令和元(2019)年度に入って5台登録された。車...
都営バス時代は練馬にのみ14台が在籍していた少数派の日産ディーゼル中型車のうち、実に12台が羽後交通に移籍した。 前扉は黒色に塗装するのが原則だ...
[都02]グリーンライナー用の初代都市新バスは2台が移籍した。羽後交通は都営バスの移籍台数こそ多いものの、初代のM代を除き都市新仕様は控えめな数...
いすゞの中型は日野より好まれたのか、羽後交通への移籍例が目立つ。特に八王子に配置された初代のN代車は7台全部が羽後交通に移籍した。これ以外には、...
日野RTシリーズは羽後交通では写真の641と643号車の2台のみの導入で少数派だった。近所でも大量に移籍した弘南バスとは対照的である。 (き)
いすゞ+富士重ボディの組み合わせは、5Eボディに限ってもN~T代の20台が移籍した。なお、中扉4枚折戸で5EボディとなったT代も1台在籍した。 ...
日産ディーゼルの大型。平成6~12年頃に移籍し、合計で35台と一大勢力になった。同じ型式ながら、M/N代の初期型(車掌設備あり)、P代前期の車掌...
いすゞのP-規制車も大量に移籍しており、キュービックと富士重ボディを合わせて34台とUDに次ぐ規模となっている。 ただしキュービックはどちらかと...
移籍最末期になって日野大型が多く入るようになった。平成13~15(2001~03)年頃にW, X代が10台移籍している。 長らく第一線で活躍した...
いすゞ+富士重7Eボディは2台で、いずれも都営でこの時代に試験的に導入された機械式AT のNavi-5 搭載車だった。都営でも除籍が早かったため...
呉羽の試作スケルトンボディを採用した初代都市新バス仕様車が12台移籍した。助手席側の前扉上部にある飾り窓は埋められているが、助手席側の運転席窓上...
富士重5Eボディにモデルチェンジした後の過渡期の型式で、11台が移籍した。予室燃焼式を採用し珍しい昭和57 年排ガス規制の型式(N-U36K)と...
羽後交通がいすゞ車の次にまとめて導入したのが旧・L代の三菱車で、平成6年頃にまとめて10台程度が登場した。同型は他に移籍例も少なく貴重と言える。...
平成3~6年頃にかけて、計10台以上が移籍した。都営バスの移籍の中でもごく初期の出来事で、当時の排ガス規制強化で10 年で除籍となったH代を導入...
135号車が元都営バスとしては長生きしたこともあり日野レインボー(RJ)の印象は強いが、移籍例は少ない。 日野車は当初の羽後交通移籍車の中では少...
[き] [き] [北] [h] [き] [Y] [き] 元都営の日産ディーゼルに富士重工7Eボディは、P-規制の元V代だけがまとまって移籍した。...
末期の三菱の羽後交通への移籍は少なく、P-MKの中型車が少々という実績に留まる。 なお、三菱中型車については自社導入車も多く在籍していた。 83...
29, 30…羽後交通の日野は久しぶりの導入となった。機械式オートマチック「EE Drive」の搭載車。29は横手、30は大曲→横手に配置。助手...