都営バス資料館

早81

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担当営業所

新宿支所

運行区間

系統 区間 距離 備考
早大正門~千駄ヶ谷駅~原宿駅~(渋谷区役所→)渋谷駅東口◆ (16.232km) 平日土曜のみ
早大正門~千駄ヶ谷駅~原宿駅~(神南1→)渋谷駅東口◆ (16.213km) 休日のみ

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
44 S27.7.13 堀ノ内 6.990km 原宿駅(明治神宮橋)~千駄ヶ谷駅~早大正門が開通
44 S28.1.1 堀ノ内 7.756km 明治神宮前(青山北6)~早大正門に変更延長
44 S36.4.1 小滝橋 8.113km 早大正門~渋谷駅に変更延長、小滝橋に移管
44 S38.5.5 小滝橋 8.363/8.113km 原宿駅~渋谷駅をループ状経路にする
44 S46.9.15 小滝橋 8.130/8.193km 千駄ヶ谷駅付近で一部経路変更?
早81 S47.11.12 小滝橋 8.130/8.193km 新番号化、[早81]とする
早81 H21.4.1 新宿 *** 新宿に移管、はとバスに運行を委託
早81出入 H30.4.1 新宿 *** 小滝橋車庫~早大正門を廃止

路線概要

atozc_191  早大正門から外苑西通り沿線を経由し、山手線内の西側を中心に原宿駅・渋谷駅までを南北に結んでいる。原宿駅~渋谷駅は大きな循環状の経路で折り返しており、渋谷駅ではそのまま早大正門方面に乗り通しが可能である。現在の書類上の路線区間は早大正門~早大正門となっている。
 早大正門の乗り場は、[学02](高田馬場駅~早大正門)の道路を挟んだ反対側となっている。終日活気のある[学02]の乗り場と比べると乗客が多いとは言えないが、[早81]のほうだけ都市型の新型バス停になっているのが不思議である。
 早大正門を発車するとすぐに右折し、早稲田高校の脇を通って馬場下町に停車する。地下鉄早稲田駅の最寄であるが、駅名と停留所名は一致しない。昔ながらの住宅街の風景が残る中、夏目坂を登る。この付近一帯の地主であった夏目漱石の父、直克にちなんだ名と言われ、近隣の町名である「喜久井町」も井桁に菊の家紋から命名したと言われる。現在は片側一車線の道路だが、環状4号線(外苑西通りなど)の一部に指定されており、将来は拡幅され風景も大きく変わりそうだ。
 夏目坂を抜けると若松町で、少しばかり[宿74]と並走する。河田町で左折し東京女子医大、ここでの乗降は多い。その先の市谷仲之町交差点は、かつて市ヶ谷台郵便局と呼ばれた停留所であるが、郵便局の消滅とともに停留所名が変わった。
 ここからは外苑東通りを南下する。曙橋では靖国通りと立体交差するためか停留所は設けられていない。四谷三丁目の交差点を右折し、わずかに新宿通りを走った後、次の四谷四丁目からは外苑西通りに入る。右手に立派な門構えの新宿御苑への入口が見えるが、ここからは出入りできないので注意。JR中央線と首都高をくぐると立体交差の道路が見えるが、バスは頭上の道路を上がるべく側道を進み、千駄ヶ谷駅前に到着となる。目の前には東京体育館の円形のスタジアムが見え、紅葉の時期は並木の色づきも綺麗な道路である。
 千駄ヶ谷駅を出発すると、東京体育館を回り込むように進み、再び外苑西通りに戻る。左手は神宮外苑で緑も多いが、仙寿院の交差点ですぐに右折し、ここで外苑西通りとはお別れとなり、千駄ヶ谷トンネルをくぐる。山手線内では数少ない一般道のトンネルであるが、仙寿院の墓所があり、移設が難しいこともあって切り通しとせずトンネル構造となった。
明治通りを越えると目の前に山手線の線路が見えてきて、突き当りを左折する。右側には鉄道ファンにも有名な宮廷ホームの屋根が見える。そこから緩やかな坂を下ると原宿駅に到着する。竹下通りを埋める人並みは、ここまで走ってきた区間と比較すると異世界のようだ。JRの改札口は坂下の竹下通り口と、駅舎が有名な坂上の参道口の2つの出入口があるが、バス停はちょうどその中間にある。
 ここから渋谷駅までは、往復で全く異なる経路となる。原宿駅を出ると行き先は「早大正門」に切り替わる。右折し五輪橋を渡り、しばらく山手線沿いに進んだ後、代々木体育館(岸記念体育館)を右折して渋谷区役所前に出る。NHK放送センターや渋谷公会堂の最寄でもあり、京王バスが数多く走る区間でもある。ここからマルイへと公園通りを下るが、片側1車線ということもあり、なかなか進まないことも多い。なお、途中に京王バスの神南一丁目の停留所があるが [早81]は停車しない。
 坂を下りハチ公前のスクランブルの手前に渋谷駅西口の停留所がある。大半の乗客はここで下車してしまう。早大方面は次の東口から乗ったほうが便利なこともあり、ほぼ降車専用という趣である。ハチ公前を左折し、山手線のガードをくぐって宮益坂下を左折すると渋谷駅東口になり、ここで時間調整となる。交通量も多く、300m程度のこの区間に数分以上かかることも珍しくない。
 渋谷駅東口を出ると、明治通りを北上し、表参道(明治神宮前駅)を左折して原宿駅から元の経路に合流する。
 なお、休日は原宿駅→渋谷駅の経路が異なる。国立代々木競技場で右折するところをそのまま線路沿いに直進し、ファイヤー通りを走って渋谷消防署・電力館の前を通過する。[池86](池袋駅東口~渋谷駅東口)と同じく神南一丁目に停車するが、前述の京王バスの神南一丁目とは位置が全く異なるので注意されたい。タワーレコード前を進み、マルイで渋谷区役所からの道路と合流し、経路が元に戻る。区役所連絡という目的もあって原宿駅→渋谷駅の間は大回りしているのだろうが、休日はその意義も薄いのでショートカットしているのだろう。
歴史
昭和27年に原宿駅~早大正門が開通した。原宿駅~千駄ヶ谷駅の区間は、現在の京王バスが昭和初期から運行を開始していた区間で、鉄道駅の間を短絡するという目的もあったのだろう。それに比べると、千駄ヶ谷駅以北は戦前は対応するバス路線もなく、全く新規に引いた区間と言える。昭和20年代の前半にはまずは路線網の復旧ということで、相互乗り入れ路線を中心に都心から放射状に結ぶ路線を色々と開設したが、後半はそれ以外の特色ある路線を開設し始めた時期に当たり、その一環と言えるかもしれない。昭和28年には原宿駅から表参道を通り、明治神宮前を終点とした。銀座線の表参道駅に当たるが、都電連絡や、戦前の原宿駅から表参道を通る路線の継承も兼ねていたのだろう。青山側でどのように折り返していたのかは定かではない。適当な折返所の空地も見えないことから、すぐ近くに都電の青山車庫があったが、そこを使っていたのだろうか。なお、この路線は当初は本数はかなり少なく、昭和30年や35年の記録では1日10~15回程度となっている。
atozc_198 ▲昭和35年11月現在(点線は明治通り)
昭和36年には渋谷駅発着に変更され、現在の姿が出来上がった。ちょうど代々木公園からNHKの一帯にかけてあった米軍住宅のワシントンハイツが東京オリンピックに向けて全面返還されるのが決定した頃である。まだ代々木体育館から(現)渋谷区役所の方面へは米軍敷地の境付近で道路がなく、この時は現在の電力館のところに渋谷区役所があったこともあり、原宿駅からは明治通りを経由し、今の[池86]のように宮下公園を経由して渋谷駅を回っていた。少なくとも昭和38年5月以降はこの経路だったようである。渋谷区内の区役所連絡も考慮したのかもしれない。
atozc_199 ▲昭和40年1月現在
同時期に、薬王寺町~四谷四丁目の経路も変更された。当初は曙橋から靖国通りに降り、市ヶ谷富久町から新宿通りに転じて新宿一丁目経由で四谷四丁目へと至っていたが、これが現在の外苑東通り・四谷三丁目経由と変更された。昭和40年代以降は普通の系統程度の本数があった。
 さらに昭和46年には渋谷側で経路変更があり、千駄ヶ谷駅~原宿駅の経路が大きく変更された。それまでは千駄ヶ谷駅から東京体育館脇を通り、東京体育館前の交差点(現モスバーガー前)を現在は左折して外苑西通りに戻っていたが、直進して鳩森八幡神社の五差路へ、さらに直進して千駄ヶ谷三丁目の交差点で明治通りを越え、小道の突き当りを左折して原宿外苑中学校へと抜けていた。外苑西通りや仙寿院~千駄ヶ谷トンネル~千駄ヶ谷小学校の区間は東京オリンピック前後で整備された新しい道路で、そもそも道がなかったのである。それがようやく載せ替えられることになり、現在の経路へと大きく変更された。同時に千駄ヶ谷三丁目の停留所が廃止され、千駄ヶ谷トンネル近くに「千駄ヶ谷二丁目」停留所が新たに設けられた。また、原宿駅→渋谷駅が今と同じく渋谷区役所経由になった。昭和40年には渋谷区役所は現在地に移転しており、国立代々木競技場や渋谷公会堂も含めて、現在の敷地や道路がほぼ出来上がっていたが、変更がやや遅かったのが不思議である。
atozc_200 ▲昭和49年2月現在
 これ以降は、さしたる経路変更もなく現在まで至っている。しかし、東京の道路事情がよくないことや、右左折で細かく走る道路が変わること、また渋谷駅付近の詰まり具合など、路線環境は決して良いとは言えなかった。昭和60年のデータでは片道40~60分程度と、所定でピーク時は1時間もかかるダイヤとなっており、結んでいるところは便利だが、速度の面では利便性は高いとは言えない。営業係数も昭和~平成初期に残るデータでは一貫して120~130程度で、やや赤字の目立つ系統だったと言える。小滝橋営業所が昭和61年度以降に中型車をまとめて入れた際には、さっ
そく中型が活躍する路線となった。燃費向上によるコスト削減という部分が大きかったのであろう。
 このような背景からか、昭和末期以降はだんだんと本数が減らされていく。先に土曜・休日が目立って減っていき、特に平成12年4月の改正では、各曜日とも2~3割程度減らされてしまった。大江戸線の開業前だが、、赤字系統に車輌や人員をを割けなくなっていたのだろう。
 その後も本数減少は止まっていない。平成12年12月改正では昼間でも1時間に3~4本程度あり、だいたい17分間隔でバスが来ていたが、数度のダイヤ改正を経た平成24年現在では、昼間は約40分おきという有様である。地下鉄の影響は路線全体からすると限定的と思われるのだが、経路が効率的でないのか、沿線の人口減少があるのか……。
 平成21年度からは運行の効率化を目的としたのか、はとバスに委託され、小滝橋から新宿に移管された。客が乗らないから本数が減る、という負のスパイラルに陥っているのは間違いないだろうが、走っているところは悪くないと思われるだけに、バスならではの路線として頑張ってほしいところではある。

早81出入

 この路線の出入庫として古くから走っている路線で、小滝橋車庫~高田馬場駅~早大正門を結ぶ。[早81]本線とはほとんど重複しないが、系統番号表示は[早81]と名乗っている。全区間で他の多頻度で走る一般系統と並走するが、高田馬場駅より西側と早大正門を結ぶのは、この路線だけということもあって、狙って乗る乗客の姿も見られる。
ただし、高田馬場駅~早大正門は運賃が割安な[学02](高田馬場駅~早大正門)が頻発していることもあり、[早81]の表示を見るとバス停から一歩引いて「乗りません」という意思表示をする乗客のほうが多いようだ。
 基本的には休憩も小滝橋車庫で行うため、本数の半分程度の本数が走っている。かつては出入庫の時刻表示は基本的にしていなかったこともあり、「そこそこ走っているが、どこにも表示のない幻のバス」であった。特に馬場下町の停留所は各所にバス停が散らばっているため、どこで待っていれば乗せてくれるのか不明であった。現在は[早81]本線のバス停に時刻表等も掲示されており、安心して(?)乗ることができる。
 さて、この出入路線は小滝橋車庫への出入りのためのものなので、平成21年春の新宿移管で路線ごと消滅になると思われた。しかしフタを開けてみれば、以前と全く変わらず存続することになった。実はこれ、新宿車庫から小滝橋車庫まで回送し、小滝橋車庫から従来と同じように早大正門まで営業で出庫し、[早81]本線に入るという方法を採っている。そのため、途中の休憩は小滝橋車庫で行っており、昼間は小滝橋で休んでいる新宿の車、という風景も見ることができる。
 休憩場所の確保や乗客サービスの継続という観点もあったのかは不明だが、なかなか面白い形態と言えるだろう。
 小滝橋時代から、近隣の早稲田車庫まで回送して休憩する運用は現在も一部だけあるようだが、基本的には小滝橋車庫~早大正門を営業運転していることには変わりがない。

色々とプロムナード

atozc_209  [早81]は路線概要でも述べた通り、平日と休日で原宿駅→渋谷駅の経路が大きく変わるが、正月三が日だけはさらに経路が異なり、かつて実施されていた歩行者天国の名残とも言える経路となる。
 原宿と言えばかつてホコ天と竹の子族で有名だったが、昭和52年6月に代々木公園~表参道駅の表参道歩行者天国の対象区間となった(後に代々木公園側にも拡大)。[早81]の経路と重なるのは原宿駅近辺の僅かな区間だけではあるが、早大正門行きは原宿駅に寄れないことになり、歩行者天国の時間帯は経路を変更し、[池86](渋谷駅~池袋駅東口)と同様に明治通りを一直線に進んだ。そのため、代わりに明治通り上の神宮前一丁目に停車し、方向幕も神宮前一丁目経由のものが別に用意されていた(上写真、左下図)。
 一世を風靡した歩行者天国であったが、平成8年1月には代々木公園の部分が休止、平成10年6月末で残る表参道の部分も休止となり、そのまま平成13年8月いっぱいで廃止されてしまった。現在は、明治神宮の初詣によって表参道に車両通行規制がかけられる正月三が日のみ、[早81]は往復とも神宮前一丁目経由となり、往復とも原宿駅を通らずに運行される。このときは、千駄ヶ谷二丁目→渋谷駅も明治通り・表参道経由となり、[池86]と同じく渋谷駅東口周辺を一周する。

千駄ヶ谷駅止まり

 平成16年3月のダイヤ改正で、突如[早81]に渋谷駅東口~千駄ヶ谷駅の折返運行が誕生した。平日の9時台に2往復のみ設定され、方向幕も新たに作られた。朝ラッシュは少し外れた時間帯で、特にこの時間帯の渋谷駅寄りが混んでいるという印象もなく、何かの需要があって設定されたのかは分からない。行き先が「渋谷駅東口」と正式な表示になっているのが特徴的だった。
 翌年の平成17年3月の改正で1往復になり、次の平成19年3月の改正で消滅してしまった。新宿に移管後は行先がそもそも用意されておらず、今となっては幻の区間運転である。

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