都営バス資料館

錦27

[錦27]←[橋27]←[128]←[32]

担当営業所

江戸川営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
小岩駅~鹿本中学校~京葉交差点~亀戸駅通り~錦糸町駅~両国駅 12.933/12.473km
-2 小岩駅~鹿本中学校~京葉交差点~船堀駅 7.325/7.585km
-3 東大島駅→浅間神社→亀戸駅通り→錦糸町駅 平日朝のみ
小岩駅~鹿本中学校~京葉交差点~亀戸駅通り~錦糸町駅

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
32 S26.2.1 江東 7.925km 錦糸町駅~新橋駅が開通
120 S26.4.1 江東 18.265km 小岩駅~錦糸町駅を延長、京成バスと相互乗入を開始。120系統に変更
120 S46.3.18 江東 18.265/18.492km 一方通行規制により水天宮→東日本橋駅間を人形町三丁目・問屋町経由に変更
橋27 S47.11.12 江東 18.265/18.492km 新系統番号化、橋27とする
錦27 S49.8.15 江東 14.563/15.123km 小岩駅~箱崎町に変更短縮、錦27とする
錦27 S57.12.26 江戸川 14.563/15.123km 江戸川営業所に移管
錦27 S62.5.5 臨海 14.563/15.123km 今井支所・江戸川営業所を臨海営業所へ新設統合のため、臨海に移管
錦27 S63.12頃 江東・臨海 14.563/15.123km 江東との共管とする
錦27 H1.3頃 江東 14.563/15.123km 江東に移管
錦27乙 H1.4.24 江東 12.933/12.473km 小岩駅~両国駅を開設、錦27乙とする。(箱崎町行きは休日日中のみの運行に)
錦27 H8.9.7 江東 12.933/12.473km 小岩駅~両国駅に短縮、京成との共同運行を中止。両国駅折り返しを本系統に
錦27 H17.3.28 江戸川・江東 12.933/12.473km 江戸川・江東の共管とする
錦27-2 H17.3.28 江戸川 *** 小岩駅~船堀駅を開設
錦27 H21.4.1 江戸川 *** 江戸川の単独所管に変更
錦27-3 H30.4.1 江戸川 *** 東大島駅→錦糸町駅を開設

路線概要

atozv_424 小岩駅から千葉街道・京葉道路を経由し両国駅までを結ぶやや長距離の系統。小岩駅は都営バスのエリア外だが、元々は京成バスと共同運行を行っていたためで、その名残で江戸川区内の小岩駅~小松川警察署は京成タウンバス[小74]と並行し、共通定期券も存在する。また、小岩駅~船堀駅を結ぶ枝系統[錦27-2]も運行されている。
小岩駅を出発したバスは駅前商店街(フラワーロード)を進んでいく。昭和27年に江戸川区内で最初にアーケード工事を開始した商店街で、現在のアーケードは3代目(全長1773m)、両側には様々な商店が建ち並んでいる。途中には中の橋、下小岩小学校、小岩駅通りの停留所が設けられている。
アーケード街の突き当たりをバスは右折し千葉街道へと進んでいく。欄干が特徴的な小岩大橋を渡り、鹿本中学校前交差点で環七と交差し、菅原橋で[新小29]とクロスする六差路を直進する。
この交差点の右手前方にバスの営業所が見えるが、富士急行グループの富士急行観光株式会社東京営業所である。現在23区内に富士急行グループの営業所は2カ所あるが、港区にあるのは富士急行東京営業所が分社化に伴い設立した会社であるのに対し、こちらは元々富士急行の子会社として昭和23年に設立された会社である。
さらに千葉街道を進んでいくと、次は森林公園と車内放送が流れる。住宅街の中に森林公園? と思うが、この停留所から数分歩いたところに江戸川区中央森林公園があり隣接して小松川境川親水公園もあるため、夏場は水遊びをする子供達で賑わうという。
江戸川文化センター前を通過。以前はこのホールにて江戸川区主催のコンサートが開かれると、終演後に葛西方面への送迎バスが運行されていたが、現在では運行されるのはまれなようだ。その代わり、小学校の音楽会のイベント等では区内各地からの送迎のために都営バスが集結する姿が見られる(コラム参照)。
八蔵橋交差点を左折して江戸川区役所前となる。[新小21][新小22]との乗り換えは次の京葉交差点より楽である。ほどなく右折レーンに入り右折するが、ここが東小松川交差点(通称京葉交差点)である。
京葉交差点から先は葛西駅発の[錦25]錦糸町駅行との併走区間となる。一方で、次の小松川警察署までで、京成タウンバス[小74]との併走区間は終わる。京成と[錦27]を共同運行していたのはつい最近のことのように思うが、撤退からもう18年が過ぎているのだった。詳細は歴史の項を参照。
小松川警察署を過ぎ、荒川・中川にかかる小松川橋を一気に駆け抜け江戸川区平井・小松川地区へ。江戸川区は荒川の東側にある区というイメージが強いが、この付近は旧中川が区境に定められているため、どことなく江戸川区の飛び地的な印象がある。余談だが江戸川区に隣接している区は何区という質問が出たら、葛飾区・江東区だけ答えるのは誤りで、墨田区も江戸川区に隣接している。
旧中川にかかる中川新橋を渡ると江東区亀戸地区へ。路地からJRの線路が見えてくると水神森に到着。亀戸駅東口最寄りであるこの停留所の前には、サンストリート亀戸がある。第二精工舎(現在のセイコーインスツル)が工場跡地に比較的小型なショッピングモールを15年間限定で建設・開業したのは平成9年のことだったが、15年を超えた平成26年でも営業が続けられている。アイドルの登竜門としても有名で、過去にはPerfumeもこの場所で営業活動を行っていたという。
さらに西に進み、明治通りとの交差点を過ぎると亀戸駅通り。この交差点の角にはドン・キホーテが建っているが、以前のテナントは関西大手家電量販店の上新電機(Joshin)が出店しており、亀戸の他に新小岩・小岩・金町と集中出店していたが、いずれの店舗も閉店している。松代橋を渡り右手に都営住宅が見えてくると江東車庫前、そして錦糸町駅前に到着、夜間の一部便は両国駅に行かず錦糸町駅止まりとなっている。
バスは更に西へ進み、江東橋を渡り緑一丁目の交差点で右折、国道14号線と別れ清澄通りへ。都営両国駅前を過ぎ、第一ホテル両国の角を左折して直進、突き当たりを左折し両国国技館が見えてくると終点の両国駅前に到着である。
両国駅発車後は、そのまま京葉道路に出て緑一丁目・錦糸町駅方面へと再び走り出す。

歴史

 京成と手を組んで開通した相互直通系統の第2弾である(第1弾は[107]東京駅降車口~市川駅)。昭和26年4月に、[128](新橋駅~錦糸町駅~(京葉道路)~小岩駅)が開通した。新橋・築地・茅場町といった商業地区と [107]が乗り入れない小岩駅とを結んだ。国への開設の申請文書を見ると都と京成への直通開設の陳情もあったようだ。
 開業2ヶ月前の昭和26年2月に都営単独系統として [32](新橋駅~錦糸町駅)を開設しており、好評を博したようである。乗り入れ系統が認められるまでの先行開業だったと思われる。
 都が新橋駅~八蔵橋(江戸川区役所先)の免許を、京成が八蔵橋~小岩駅の免許を保持したまま双方の免許を活かして相互に乗り入れる方式とした。新橋駅からは昭和通り経由で三原橋まで、そこから晴海通りへ右折して築地まで進み、左折して新大橋通りを浜町中ノ橋まで北上、そこから浅草橋・両国橋経由で錦糸町駅・京葉交差点へと向かう経路だった。錦糸町駅~築地は都電36系統(錦糸堀~築地)とやや近いが、通る経路を差別化し、なおかつ江戸川区内からの直通としたところが違いだろう。停留所間隔も、都心部の築地~両国は300~400m前後なのに対し、両国から小岩駅入口までの街道上は1km開くところも珍しくなく、かなりの急行運転となっていた。
 本数は両者ともに30~35回、合わせてラッシュ時10分、閑散時間帯は20分おきという感じである。この時点で系統の姿は完成しており、昭和30年代にかけて停車停留所が増設されていった程度である。昭和30~40年代の乗降客調査を見ると広域・ローカル利用取り混ぜて乗客が多かったが、郊外の小岩方が最も混雑率が高く、錦糸町駅より都心側で大きく輸送が段落ちしていた。
 だが、昭和47年7月に総武快速線が東京駅に乗り入れた影響は大きく、渋滞も多くなったため、昭和49年に新橋側を切り捨てて箱崎町発着に短縮された。なお、この直前の昭和46年3月に日本橋地区の広域一方通行の実施に伴い、橘町(現・東日本橋駅)~浜町中ノ橋が浜町方面の一方通行となったことから、小岩駅行きは水天宮→人形町→堀留町→橘町と一本西側の道路に経路を移した。
 箱崎町短縮時はこの一方通行のループ(東日本橋→浜町中ノ橋→水天宮→堀留町→東日本橋)を活用しつつ、浜町中ノ橋→水天宮については隅田川寄りの箱崎町までループを拡げた。水天宮を終点にすると時間調整の待機が難しかったためであろうか。ただし、 [東42](浅草橋~南千住)と同じように浅草橋折返しにするのではなく旧日本橋区のエリアまで乗り入れる路線にしたのは、直通の通勤需要がまだあったのかもしれない。
 しかし、都心側でターミナル駅 と接続しない設定はやはり中途半端なものだったのか、乗客は昭和52年度の7,000人から昭和63年度には4,800人まで減少している。小岩~錦糸町の需要の底堅さからすると、錦糸町以西の乗客数は相当な減少となっていたと思われる。
atozv_435 ▲昭和38年9月現在
atozv_436 ▲昭和46年4月現在
atozv_437 ▲昭和50年4月現在
 それでも15年間維持されていたのだが、平成元年の改正で、ついに [錦27乙](小岩駅~両国駅)を開設、平日・土曜は全便が両国駅で折り返す設定となった。箱崎町への乗り入れは休日の日中30回(箱崎町発10:56~16:43)のみ残されたが、日本橋三越や高島屋付近まで行くならまだしも、東日本橋周辺では乗客は望めず、路線維持のための方策だったと言ってもいいだろう。
この状態が8年余り維持された(平成5年に26回に減便)が、結局、平成8年9月の改正で箱崎町乗り入れは全便廃止となる。この改正は、京成の奥戸営業所管内路線に大鉈が振るわれた([上34]上野広小路~市川駅の廃止もこのとき)ときであり、京成は箱崎町どころか両国・錦糸町からも撤退、共同運行を解消し京成単独で[小74](小松川警察署~小岩駅)の運行を開始した。一方で、都営だけを見ると、箱崎町からは撤退したものの、両国駅発着の便の運行回数は維持されている。京成担当便がそっくり減ったので実質の本数は半減(20~30分間隔)となったが、乗客はそれなり
にいるということだろう。
 短縮以後は所管が変わった程度や枝系統として[錦27-2]が出来た程度(後述)で、本線は、錦糸町への需要の強さゆえか、大きな本数の変動もなく維持している。郊外への放射状の街道路線が都心側を切り捨てたのみで残っているという意味では貴重な存在と言える。

[錦27-2]

 平成19年3月に[錦27]の枝系統として開設したのが[錦27-2](小岩駅~船堀駅)。小岩や千葉街道沿いから直接の足がない船堀駅方面を結ぶ系統として作られたようだが、実質的には[錦27]の出入庫として機能しており、ほとんどは船堀駅到着後に東小松川車庫に入庫していく。両駅間は環七・新大橋通りで平成11年に1年間だけ試験運転した[船31]があったが、7年ぶりに経路は違うものの結ばれるようになった。
 系統番号は伝統的な甲・乙ではなく、[-2]をつけている。近年の都営は枝系統の内部番号でハイフンを使うことが多いが、[-1]はどれだろうか。方向幕車は緑色地の表示で系統番号表記は[錦27]のままだが、LEDは[錦27-2]の表示となっている。
 小岩駅からの入庫は全てこれなのかというとそれも違い、小岩駅から車庫まで回送するダイヤも一定数存在するのが面白い。どうせならば営業させてもいい気がするが、乗務時間の都合だろうか。
 これ以外にも、始発・終発時間帯は両国駅まで長い区間回送となる運用や、以前の江東所管の名残で錦糸町駅発着となるものもある。錦糸町駅止は一部が[錦25](錦糸町駅~船堀駅)で営業するほかは回送となる。

変わる所管

 [錦27]は所管が何度か揺れ動いた。開通当初から長らく江東の担当だったが、昭和57年に(旧)江戸川に移管された。このときに船堀駅(江戸川車庫)~箱崎町という出入庫が設定されたが、当時は出入庫の時刻は停留所時刻表に載らなかったため、箱崎町で幻のように「船堀駅」の表示のバスが現れるようになった。しかし小岩側からは小岩駅~京葉交差点の設定とされ、船堀駅までの直通はならなかった。この京葉交差点止めの設定は江東時代から存在したようだ。
 昭和62年の臨海移転時には所管替えはなかったが、車庫から遠く非効率ということか昭和63年度に江東と共管になり、平成元年度からは全て江東担当に戻った。このときも方向幕には「箱崎町~錦糸町駅」「小岩駅→京葉交差点」が用意されたが、どの程度使っていたかは不明である。当初は京葉交差点から江東車庫まで回送していたが、少なくとも両国駅短縮後は時刻表にも載る「錦糸町駅~小岩駅」以外は錦糸町駅発着になるか全区間回送となった。
 平成17年3月に所管調整で江東が[錦13][急行05]などを持つのと引き替えに(新)江戸川に一部運用を放出して(新)江戸川との共管になり、[錦27-2]を開設した。そして平成21年度からは全便が江戸川担当となっている。本線が目の前を通る江東が所管しないというのも面白いが、また江東に戻る日はあるのだろうか。

緑一丁目行き

 隅田川花火開催時には両国駅付近が車輛規制となるため、手前の緑一丁目止まりとなる(逆方向は緑三丁目始発)。以前は「両国駅」表示で紙貼りだったが、LED表示になってからは専用表示となった。ただし、他営業所のような系統番号花火マークは用意されていない。

魚屋でバス停は移動する?

 [錦27]と[両28]の両国駅行きが停車する錦糸町駅8番乗り場。平日はバスターミナルの向かいにあるが、土曜・休日や年末は四ツ目通りをまたいではるか後方、江東車庫が見えるくらいの位置まで移動してしまう。その原因は本来の乗り場の前にある「魚寅」。マグロぶつ切りを豪快に売りさばく威勢の良い魚屋の前には買物客が行列を作り、その前を行くWINS錦糸町に出入りする競馬ファンの人並み、そして車道も錦糸町丸井の駐車場入場待ち列……と、とてもバスを停車させる状況ではないので、バス停が避難してしまった、という格好である。

箱崎町

 箱崎町停留所は水天宮の南側にあった。だが、平成元年4月に[東22乙](東京駅北口~IBM箱崎ビル、臨海の[東20]の項参照)が開通した際は同じ場所なのに「ロイヤルパークホテル前」停留所となった。[錦27]は終点で各種案内を変更するコストや京成との共同運行の都合もあったのかそのままとなり、珍しい「同一事業者一般路線同士で違う停留所が同居」という状況になった。停留所には2停留所名が並んで書かれ、平成初期に水天宮周辺のバス停が新型(上写真右)に整備された際もそのままだった。
 平成8年に[錦27]が撤退した後はロイヤルパークホテルとなったが、乗客減で残った[東22乙]→[東20乙]も平成24年3月限りで廃止された。ただし、バス停も今は表示を消して白い面になったままで残っている。

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