都営バス資料館

田92・浜95

[田92][浜95]←[45]、合体[四98]

担当営業所

品川営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
浜95 品川駅東口~高浜橋~田町駅東口前~浜松町駅~(神谷町駅→)東京タワー
出入 品川車庫→品川駅東口→高浜橋→田町駅東口前→浜松町駅→神谷町駅→東京タワー 1本のみ
田92 品川駅東口~高浜橋~田町駅東口
出入 品川車庫→品川駅東口→高浜橋→田町駅東口 1本のみ

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
45 S27. 7.13 品川 3.830km 天王洲橋~品川駅東口~東京港口が開通
45 S27.11. 3 品川 4.950km 東京港口~大門~浜松町駅を延長
45 S30. 9.15 品川 6.866km 大井鮫洲町(現陸運支局)~天王洲橋を延長
45 S33. 8.15 品川 8.346/ 8.046km 浜松町駅~竹芝桟橋を延長
45 S33.12.24 品川 9.816km 東京港口~大門間を第一京浜から海岸通り経由に変更し
45 S34.11. 1 品川 9.861/ 9.561km 東京タワー付近の経路変更
45 S36. 6. 1 品川 9.671/ 9.371km 竹芝橋経由から海岸通3経由に変更(しばらくの間、竹芝橋経由も残す)
45 S36. 6.27 品川 10.671/10.371km 大井競馬場~大井鮫洲町を延長
45乙  S37. 6.10 品川 11.371/11.071km 大井競馬場~東京タワー~狸穴(現麻布台)を開設
45 S40. 7. 1 品川 10.671/10.371km 大井競馬場付近の道路変更(キロ程変更なし)
45 S44. 9.16 (芝浦) *** 芝浦分車庫の開設により移管
45 S46.12. 1 品川 *** 芝浦分車庫廃止により移管
浜95  S48. 2.10 品川 ( 8.240km) 品95新設により系統分割。品川車庫~東京タワーに変更、短縮
浜95乙 S48. 2.10 品川 ***  大井競馬場~竹芝橋~東京タワー、大井競馬場~狸穴などを廃止
浜95  S48. 9. 1 品川 8.375/ 8.775km 東京水産大(品川車庫入口)~品川車庫を天王洲橋・山手通り経由に変更
浜95  S49. 7. 1 品川 13.757/14.205km 四98と統合、東京タワー~四谷片町を延長(朝夕のみ)
浜95  S57.12.26 品川 8.475/ 8.775km 東京タワー~四谷片町を短縮
浜95  S63. 3. 5 品川 8.885/ 9.245km 田町駅東口~汐路橋の経路変更、芝浦一丁目経由とする
浜95  H12.12.12 品川 9.545/ 9.245km 御成門→東京タワーを神谷町駅経由に変更、ループ状に折り返す経路とする
浜95乙 H14. 2.25 品川 9.190/ 9.620km 品川車庫~赤羽橋駅を開設
田92 H16. 4. 1 品川 3.650/ 2.630km (品川車庫~)品川駅東口~田町駅東口を[田92]として独立
浜95 H16. 4. 1 品川 *** 品川駅東口乗り場変更に伴う経路変更
浜95 H17. 3.28 品川 8.595/ 8.305km 八千代橋~潮路橋を、田町駅東口経由から芝浦3経由に変更
浜95乙 H17. 3.28 品川 8.240/ 8.680km 同上
田92 H17. 3.28 品川 2.730/ 2.630km 八千代橋~田町駅東口を、往復とも藻塩橋経由に変更
浜95 H21. 4. 1 品川 9.555/ 9.535km 八千代橋~潮路橋を、芝浦3経由から田町駅東口前経由に戻す
浜95乙 H21. 4. 1 品川 9.200/ 9.910km 同上
浜95乙 H22. 4. 1 品川 *** 品川車庫~赤羽橋駅を廃止
田92・浜95 H26. 4. 1 港南 *** 港南に移管、運行をは都バスに委託

路線概要

atoz01_ページ_069_画像_0004  品川車庫から山手線の東側の芝浦地域をこまめに回り、浜松町駅で山手線内に入り東京タワーを終点とする。右左折が非常に多いのも特徴で、路線図を見るとジグザグになっていることが分かる。
 [浜95]の本線は品川車庫~東京タワーだが、事実上品川駅港南口発着が本線で、車庫発が平日朝に僅かに運転されているのみである。田町駅東口で折り返す[田92]が平日を中心に運転されており、実質的な折り返し系統となっていてダイヤも一体化している。系統番号が異なっているのは、かつては微妙に異なる系統だった名残である。
 品川車庫を出ると、一旦山手通りに出て天王洲橋・食肉市場を経由して品川駅港南口に大回りで到着する。近年の港南口の再開発で品川車庫から新幹線沿いに品川駅までショートカットする道路が開通したが、この系統は昔ながらの経路で走る。
 品川駅港南口からはJR線沿いにNTTドコモビル・芝浦下水処理場を脇に見ながら旧海岸通りに合流する。企業のビルや倉庫、マンションが混在するエリアだが、駅から微妙に離れていることもあって平日を中心に利用が多い。港区コミュニティバスのちぃばす芝浦港南ルートも競合となるが、大回りでこまめに停留所に停まるちぃばすとは棲み分けているようだ。
 高浜橋で運河を渡る。橋の近隣には昭和の雰囲気を色濃く残す焼肉やホルモンの看板の架かる一角があるが、周囲の高層マンション化によりそう遠くないうちに見納めになるのだろう。八千代橋で左折すると目の前に見えるのはJR線を越える藻塩橋だが、すぐに左折して田町駅東口前に到着する。構内停留所と区別するために「田町駅東口前」という珍妙な名前になっているが、出口に「前」がついているのは日本中でも珍しいのではないだろうか。ここで[田92]は数年前に
新しく作られた東口ロータリーに入って終点となるが、[浜95]はそのまま直進する。なお、品川駅方面に関しては双方の系統ともにロータリーに入る。
 左手に港区スポーツセンター、右手に交通局寮(旧田町操車所跡)を見て進み、モノレールの下をくぐって右手に一世を風靡した元ジュリアナ東京のビルの所で道路は突き当たり、右折して突き当りを左折する。直進すると芝浦アイランドタワー、かつて交通局の芝浦工場があった敷地となる。角にはかつてテレビの放映でもよく使われたボウリング場「ハイレーン田町」があったのも昔話となった。
 潮路橋を渡り、次の交差点で左折し首都高下の海岸通りに合流する。ここからは海岸通りに沿う。停留所が「竹芝桟橋入口」「日の出桟橋入口」と「入口」がついているのは、[虹01](浜松町駅~東京ビッグサイト)が開通するまで一番海寄りを走る系統で、[虹01]に停留所名を譲った名残である。品川行きは竹芝桟橋付近で海岸通りを走らず、都立産業貿易センター脇の小道を通るが、こちらも昭和30年代の経路の名残と言えるだろう。
 芝商業高校の交差点を左折すると左に芝離宮庭園、そしてすぐにJR線をくぐり浜松町駅に到着する。ここから先もさらに右左折は続き、大門からは直進して増上寺の大門をくぐらずに第一京浜に右折し、北寄りの愛宕警察署・御成門を経由して東京タワーが終点となる。なお、東京タワー近辺はループ状の経路になっていて、タワー行きは神谷町駅・桜田通りを、タワー発は東京プリンスホテル脇を経由する。東京タワーでは構内に乗り入れ、タワーの脚のすぐ側に専用の乗り場が用意されている。

歴史

 [浜95]は沿線の発展に合わせて路線の改廃が激しい路線だが、順を追って見ていくことにしよう。
 田町・浜松町の山手線より東側にある芝浦地域は明治末期から昭和初期にかけて埋め立てられた土地で、大正末期には現在の芝浦アイランドタワーの地に東京市電の工場が移転して路線が引かれ、昭和5年頃には芝浦乗合自動車という事業者が田町駅東口を中心に芝浦地域を結ぶ路線を開業した。また、昭和12年には市バスも芝橋(現東京港口)~東京湾汽船発着所(現LOOP-Xビル付近)の枝線を引き、芝浦地域に乗り入れた。
 芝浦乗合は昭和12年に東急の前身となる東京横浜電鉄に買収されるが、昭和17年の市内交通一元化により、この地域の路線はまとめて市バスで運行することとなり、札の辻から藻塩橋を越えて東京湾汽船発着所・天王洲橋という2路線に統合された。田町駅発着としなかったのは市電連絡を重視したためだろう。ただし、続く昭和18年6月の改編でこれらの路線は廃止され、浜松町駅~芝浦~東品川3(天王洲橋)~品川駅という路線に大きく姿を変えた。これが[浜95]の直接の原形になった。
atoza_054 ▲昭和27年10月現在
 当時は東京港が戦争の兵站の機能を担う重要な地域だったため、労働者の輸送といった役割もあったのかもしれない。昭和20年の東京大空襲により路線が廃止されるまではこの形態が続いたが、戦後しばらくは路線が復旧せず、公共交通の空白地域となった。
 路線が復活するのは昭和27年7月のことで、復活当初は天王洲橋~田町駅東口~東京港口という路線になった。基本的には旧海岸通りを走る路線で、芝浦からは第一京浜に接続して終点となっていたのが面白い。また、この当時は品川駅東口には寄っていなかった。
 同年11月には東京港口から浜松町駅まで延伸、昭和33年8月には竹芝桟橋まで相次いで延長された。昭和28年から伊豆方面への航路が竹芝桟橋から出航するようになっていたが、そこへのアクセスも狙っていたのだろう。南側も延伸され、昭和30年9月には旧海岸通りを南下して大井鮫洲町(現東京運輸支局)まで路線が伸びた。
 昭和33年には東京タワーの完成により、最寄駅からのアクセス路線として東京タワーを発着することになり、田町駅~浜松町駅は現在と同じく海岸通りを経由するようになった。竹芝桟橋へのアクセスも残したのだろう。ようやく現在に近い路線の形になった。ただし、現在の浜松町駅~東京タワーは経路が異なり、浜松町駅から直進して芝大門をくぐり、港区役所からみなと図書館脇を抜けるルートとなっていた。現在のように御成門を経由するようになるのは昭和45年2月の経路変更時からである。
atoza_055 ▲昭和33年12月現在
atoza_056 ▲竹芝橋付近の2通りの経由
 昭和36年には[3](→[品93])と歩調を合わせるように大井競馬場まで延伸し、都営バスの中でもかなりの長距離路線となった。同時に田町駅~日の出桟橋が今の首都高下の海岸通り(潮路橋)経由に切り替えられたが、旧来の経路も1日1本だけしばらく残っていたようである。正式な廃止は昭和48年だが、40年代前半には休止していたようだ。
 続く昭和37年には、東京タワーから狸穴(現麻布台)まで1区間だけ延長された。詳しくは折返所の狸穴の項も参照のこと。ただし、大部分は東京タワー止まりで大井競馬場~狸穴は昭和38年のデータでは朝夕のみ運行の10回、それ以外に竹芝桟橋~狸穴が20回程度となっている。これが昭和40年以降は大井競馬場~狸穴が朝1本だけとなっており、利用率は良かったとは言えないようだ。
 昭和40年代はほとんど動きがなかったが、末期についに手がつけられ、まず昭和48年2月に南北を分割して[浜95]品川車庫~東京タワー、[品95]品川駅東口~大井町駅東口という路線になった。[品95]については該当の系統別データの項を参照。天王洲橋より南側は[品93]と並走しているため、効率性を考えたのだろう。
 といってもこの形態が長く続いたわけではなく、昭和49年7月には都電代替路線である[四98](浜松町駅~四谷片町)と合体して東京タワー~六本木~四谷片町が延伸され、品川車庫~四谷片町という長大路線に再び進化した。都電時代から乗客の多くなかった路線を統合して効率化しようという魂胆だったのだろうが、1つの路線にしなくてもという気はする。なお、統合までの[四98]は該当の路線の項に記した。

 このような長い路線がそのまま維持できるわけもなく、また赤字比率を示す営業係数は常に下位のグループだった。昭和52年12月の路線改編では四谷側の折り返し系統が廃止され、少なくともそれ以降は東京タワー~四谷片町は朝夕のみの運転に縮小していた。昭和57年12月の路線改編ではその状態にもメスが入り、東京タワー以遠は全廃され、結果的に元の品川車庫~東京タワーの路線に戻った。
 昭和60年以降に入ると芝浦地区の港湾がウォーターフロントとして一部で持てはやされるようになったのか、再開発は少しずつ進み、倉庫街からビル街へと移り変わるにつれ、乗客が増えるていった。その中で、全線通し運転だった[浜95]にも平成元年頃に品川車庫・品川駅東口~田町駅東口の折り返し系統が平日朝夕に運転されるようになり、年々本数を少しずつ増やしていった。

平成3年には戦前の東京湾汽船発着所のそばにLOOP-Xビルが完成し、都営バスが無料送迎バスとして田町駅東口~LOOP-Xを走らせるようになった。
atoza_061 ▲平成12年以降の東京タワー行き
 この系統の転機になったのはレインボーブリッジの完成である。長らくこの地域の唯一の公共交通機関だったところに、平成5年には(旧)[虹01](田町駅東口~レインボーブリッジ)が、また平成7年にはゆりかもめが開業、そして平成9年には現在の[虹01](浜松町駅~国際展示場駅)が開通し、[浜95]はかなりの影響を受けた。
 土曜休日は東京タワーへの足として浜松町駅~東京タワーを中心に多少の乗客が見られたが、東京タワーの観光地としての魅力も陳腐化していたと考えられる。そのような中で、平成12年12月の大江戸線改編に伴って[浜95]はかなりの減便となった。
全日で3~4割減少と大規模なもので、平日の減少分は品川~田町の短距離運転の増加で品川~田町の本数は維持したが、それ以外は大幅に減少した。
 また、同時に[浜95]の経路も変更された。浜松町駅から東京タワー方面については、御成門から神谷町駅・桜田通りを経由し、東京タワーへ至るというループ状の経路となった。麻布台側から東京タワーへ入る[渋88](渋谷駅~東京タワー)の運行廃止に伴う代替とは言えるが、浜松町駅から見るとかなりの大回りになってしまい、廃止区間をむりやり付け替えたような感じが残る。
 それと対照的に、再開発の進む品川駅側は様々なテコ入れが行われていった。まずは平成13年4月に品川駅東口バスターミナルが完成して品川駅付近の経路が変更になり、平成16年4月には長らく工事中だった田町駅東口のロータリーも完成し、バスが乗り入れられるようになった。これを期に路線再編が行われ、品川車庫・品川駅東口~田町駅東口の運行を[田92]として系統番号を独立させた。[田92]は[浜95]と異なり、八千代橋~田町駅東口はループ状の路線となった。ただし、往復で大きく経路が異なり、田町駅東口では乗り通しできないなど、利便性が考えられていたかどうかは疑問である。なお、[浜95]は田町駅東口ロータリーに乗り入れず、ロータリーの出口に残って改称された「田町駅東口前」に引き続き停車することになった。
atoza_062 ▲平成13年4月の品川駅ターミナル開設時の[浜95]
atoza_063 ▲平成16年4月改正の[田92](細線)・[浜95]
 同時に品川駅東口の乗り場も変更され、ロータリー中央の向かいのインターシティ前に新たに作られた乗り場に移設された。
そのため、品川駅東口近辺の経路が変更され、さらに[浜95]は土曜休日も減便され、代わりに[田92]が終日にわたって運転されるようになった。同時にほとんどの便が品川駅東口止まりとなり、品川車庫まで行く便はわずかになった。[田92]の書類上の本線区間はあくまで品川駅東口~田町駅東口であり、品川車庫~田町駅東口ではないのも、この時点での運行形態に合わせたのだろう。
 ここから後も田町駅付近は経路が安定しなかった。平成17年3月の経路変更では[田92]は往復とも藻塩橋を経由するようになって経路は単純化されたが、この変更で通らなくなる芝浦三丁目の区間を[浜95]が引き継ぐことになり、[浜95]は田町駅東口を経由しなくなってしまった。この変更で[浜95]はさらに減便され、品川~田町の区間輸送は[田92]に譲り、路線維持のために走らせているような感があったが、平成21年に[浜95]が再び田町駅東口を経由するようになり、品川駅方面は[田92]と合わせて田町駅ロータリーに入るように改善された。土曜休日は[浜95]の昼間の本数が倍増し、数年前の水準に戻った。
 その分の[田92]が大幅に減便されたが、会社が休みの土休日には[田92]はほぼ空気輸送状態だったため、同じ運行コストで思い切って全て[浜95]に割り振ったことになる。
 現在は安泰だった品川~田町の区間にも港区コミュニティバスことちぃばす港南ルート(田町駅東口~品川駅東口)が試験運行を開始した。こちらは運賃100円ということもあったが、かなりの大回りをしているため、通勤需要主体の速達性のある[田92]とは何とか棲み分けている感がある。
 所管についてだが、昭和40年代は都電廃止と工場閉鎖での芝浦分車庫の開設により、分車庫の存在した昭和44年~46年は芝浦所属となっていた。それ以外は戦後は一貫して品川所属路線であった。しかし、より効率化した運行を目的としてか、平成26年度からはとバスに運行を委託することとなり港南に移管された。この改編で、ただでさえ少なかった品川車庫発着が朝の品川車庫発の数本を除いて全便品川駅港南口発着となり、東京タワー・田町方面からの品川車庫行きは廃止された。本数は幸い減便されなかったものの、今後の運行も気がかりなところだ。

浜95乙

 大江戸線改編で港区は都営バスの路線がいくつか廃止され、港区は路線の復活や区内アクセスの改善を要求していた。そのような動きの中で平成14年2月に開設されたのが[浜95乙]だが、相当無理のある線形となった。
 具体的には、御成門からかつての経路と同じく東京タワーへと向かい、タワー構内には入らずに赤羽橋駅まで南下し、中ノ橋を回って戻るという経路である。赤羽橋の済生会中央病院等のアクセスを考えたものだろうが、乙系統は東京タワー構内へと入らないために経路が分散し、タワー利用客にはかなり不便になってしまった。東京タワーから[浜95]に乗る場合、構内の停留所と、下の道路の[東98]用に用意された停留所とに分かれて停まることになるためである。
 また、延長部分は路線全体から見るとかなりの大回りであり、芝浦地域から赤羽橋へのアクセスとしても、相当不便なものであることは否めない。同時に作成された方向幕も前面経由地にローマ字がなかったり、赤羽橋駅発の表示が用意されずに東京タワー発で代用されたりといった独特な仕様で、かなりのやっつけ仕事だった感も拭えない。何回か幕交換はされたが、末期までローマ字がつかず、赤羽橋駅発の専用幕は作られなかった。
 当初から平日8回、土休日7回と本数は少なかったが、その後もダイヤ改正のたびに本数は減って行き、平成21年4月のダイヤ改正では平日朝2回のみとなり、平成22年の改正でひっそりと廃止された。各地へのちぃばすの路線開設で建前上の必要性もなくなったということなのだろう。

大門駅止まり

 [反96][品93]等とともに東京マラソン用に用意されている表示。日比谷通りが規制となるため、大門駅で運転を打ち切り、新橋駅側まで回送して折り返す。「臨時」の文字が特徴的である。

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