都営バス資料館

王57・深夜02

[王57][深夜02]←都電27

担当営業所

北営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
王57 赤羽駅東口~北車庫~王子駅~豊島5団地 6.590/ 6.540km
出入2 北車庫~王子駅~豊島5団地
折3 王子駅~豊島5団地 1.750km
深夜02 池袋駅東口→王子駅→豊島5団地
王子駅~豊島5団地

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
王57  S47.11.12 志村 5.680/ 6.600km 都電27系統(三ノ輪橋~赤羽駅)の廃止区間代替で赤羽駅東口~豊島5団地が開通
王57折  S47.11.12 志村 4.130/ 4.850km 赤羽駅東口~王子駅を開設
王57  S48.10. 1? 志村 6.200km 赤羽駅東口→都電終点(現岩淵町)を、岩淵中学校経由から現在と同じショートカットに変更
王57折  S48.10. 1? 志村 4.650/ 4.450km 同上
王57  S57. 3.29 6.200km 志村営業所の閉所により北営業所に移管
深夜02 S63.12. 5 1.880km 王子駅~豊島5団地が開通
王57  H 5. 3.31 6.200/ 6.150km 一部経路変更
王57 H18. 4. 1 6.590/ 6.540km キロ程修正?
深夜02 H18. 4. 1 池袋駅東口→王子駅~豊島5団地に延長
王57折 H19. 4. 1 *** 赤羽駅東口~王子駅を廃止

路線概要

azn_156  赤羽駅東口から北本通りに沿って王子駅を経由し、巨大団地群である豊島五丁目団地を終点とする。平日だと本数の過半数が団地利用者向けの王子駅~豊島五丁目団地の折り返し運転となっている。
豊島五丁目団地の操車場を兼ねたバスターミナルからバスは発車、豊島五丁目交差点を左折し、都道307号線へ。地元では日産バス通りと呼ばれている。片側1車線の道を日中でも[王40]と合わせて毎時15本以上バスが走り、乗客も多い様を見ていると、都営バスの中でも活気のある区間なことを感じさせる。
豊島四丁目の停留所の向かい側にあるのは、老舗貸切バス事業者である東京ヤサカ観光バス。京都に本社があり東京営業所は子会社となる。ちなみに社名であるヤサカは「彌榮」と書き繁栄を祈る意味であり、京都の八坂神社とも掛け合わせた会社名である。
溝田橋を過ぎ、造幣局の工場が左手に見えてくると程なく王子駅前。この先北本通りへと右折する都合上、王子駅のバス停は駅から遠い場所に設けられており、王子駅止まりの便も王子駅構内で降車扱いを行わずこの場所で乗客を降ろす。
なお王子駅~北車庫は出入庫便と[王40出入]と並行するが、北車庫行は王子駅の乗場は駅構内のバスターミナルから発車し、北車庫発王子駅までの出庫便は王子駅構内で降車扱いを行う。
豊島五丁目団地行の王子駅での客扱いは独特で、スターバックス前にある王子駅前(降車専用)と、明治通り上の王子駅前(乗車専用)と2回停車を行っている。
王子駅からは北本通りを北へ。この通りの読み方は「きたほんどおり」であり「きたもとどおり」ではないので要注意。ここからの[王57]は都電27系統の廃止代替路線へと役割が変わる。南北線が下に走る区間だが、バスも便利なため乗客は思ったよりもかなり多い。
王子二丁目停留所の手前にはJRバス関東及び共同運行会社の王子駅前停留所がある。駅構内のバスベイに余裕がない事や、交差点形状の都合から駅近くには設置することが難しく、やむなくこの場所になったと思われる。駅から200mほど離れていることからJR王子駅にもJR高速バス乗り場案内板が設置されている。詳しくはターミナルの項参照。
そして王子二丁目停留所は王子駅からさほど離れていないこともあり、もう一つの王子駅前という使われ方をされているようで、ここから乗車する客も多い。
北区神谷町で環七の陸橋を抜けると右側にインテリアショップのニトリ赤羽店が見えてくる。店舗の規模も大きく品揃えも豊富だが、鉄道線各駅からは距離があるため公式ウエブサイトのアクセスにも[王57]を案内しており、結果として利用客増に少なからずとも貢献しているのではなかろうか。
北区神谷町の次は神谷陸橋。環七を挟んで南北に停留所があるが、元々は[王57]の北区神谷町は他と離れた交差点の北側にあった。利便性向上のため神谷陸橋に改称し、改めて他が停まっていた北区神谷町に停まるようになったもので、これもある意味2回停車。
それを過ぎると右手に大日本印刷・大同特殊鋼の工場が見えてきて北車庫前の停留所となる。入庫便は営業所が北本通りの向かい側にあり反対車線を横断しなければならないため、赤羽駅東口行の停留所手前に降車専用の停留所を設置している。
用の停留所を設置している。
北本通りを走ってきたバスは岩淵町を過ぎ、赤羽岩淵駅交差点を左折して大通りに入ると赤羽二丁目となる。かつての名は赤羽都電終点だったが、実際の北本通りにあった終点とは幾分離れている。ララガーデンのアーケード街が見えてくると交差点を右折し終点の赤羽駅東口に到着する。駅前の国際興業が並ぶ島とは微妙に離れたところからの発着となり、島の手前でUターンするように来た道を戻っていく。

路線の歴史

 都電27系統(赤羽~王子駅~三ノ輪橋)の王子駅~赤羽の区間廃止に伴う代替バスとして新設された。廃止区間のみの代替ではなく、赤羽側は赤羽駅東口まで延長され、王子側も豊島五丁目団地まで延長されたのが特徴。都電27系統は王子駅~三ノ輪橋の併用軌道の区間のみ残り、昭和53年に都電荒川線として早稲田~三ノ輪橋を通し運転するようになった。
 豊島五丁目団地は、日産化学の王子工場跡地に日本住宅公団(現在の都市再生機構)が開発した団地で、大きなバス利用が見込めるために延伸されたのだろう。団地内にはバスの操車場も開設され、都営では珍しいものだった(折返所の項も参照)。終バスも王子駅22:45と当時としてはかなり遅くの運行となった。
 これ以降、今に至るまで基本的に路線の形には変更がなく、営業所の主力路線であり続けている。当初は営業所の余裕の関係か志村の所管となった。ダイヤは赤羽駅東口を基準に作成され、赤羽駅から[王53](池袋駅東口~都営志村車庫)ルートで川沿いに舟渡町に回
送するか、豊島五丁目団地で休憩する運用となっていた。他の志村持ちの路線が団地で休憩する用に、王子駅~豊島五丁目団地の[王57]で運転する姿も見られた。昭和57年の志村閉所時に北に移管され、豊島五丁目団地基準でダイヤを作るようになって以来所管は変わらず今に至っている。
 平成3年に営団南北線が開業し、王子駅以北がほぼ重複することになったため、朝夕中心だった王子駅~豊島五丁目団地の折り返し便が終日走るようになった。当初はかなりの減便となったが、沿線住民の運動もあって平成5年3月改正では赤羽発着が多少増回されている。それ以降、昼間はおおむね交互に折返と本線が走り、赤羽側は1時間に3~4本となった。
 豊島五丁目団地の住民の減少とともに本数を微妙に減らしていったものの、平成19年改正では平日が久々の増便となり、180往復以上を確保している。平成25年からは周辺マンションの開発で豊島五丁目の人口も増加に転じた。赤羽駅東口~王子駅は微減傾向だが、平成22年改正で休日ダイヤは昼間を中心に折返便を減らして赤羽駅東口の通し運転が増えている。それだけ赤羽側の需要があるということか。豊島五丁目団地発着の本数で見ると平日は30年前と大して変わっておらず、今後ともドル箱路線として活躍していきそうだ。

深夜バス

 [王57]の深夜バスは昭和63年の深夜バス第一期生として開業した。典型的な駅~団地路線で深夜バスにはうってつけの設定だった。当時の終バスは王子駅1:05で、京浜東北線の終電からも連絡する手厚いダイヤとなっており、終電接続は現在も続いている。
 順調な滑り出しを見せたが、バブル崩壊後は苦戦しているようで、平成2年度に209人/日だった乗客が平成11年度には139人まで減少している。1台で往復するだけの設定なので本数を減らしたりせず、平成12年には京浜東北線のダイヤに合わせて時刻を微調整するなど、細かな努力は色々と行っているようだ
 開通直後のしばらくの間、豊島二丁目~豊島六丁目間のバス通りが下水管工事で深夜は通行止めになったため、そのときに限り北本通り・トンボ鉛筆経由で迂回運行となっていた。方向幕も行き先だけの専門のものが用意されていた(左写真)。
 平成20年からは池袋からの深夜バスが実現した。池袋駅東口23:00発豊島五丁目団地ゆきのみ1便と、深夜バスというよりは通常の終バスの1本延長といった趣だが、いずれは増強されることを期待したい。
 なお、[王40]とは別系統ということか、池袋駅東口への送り込みは回送で行い、そこから豊島五丁目団地まで行った後は、王子駅との間を往復し続ける設定となっている。

赤羽駅付近の話

 現在は赤羽駅東口ロータリーの片隅に乗り入れている[王57]だが、こうなったのは平成に入ってからである。代替当初は岩淵町から赤羽駅東口までの大通りの部分の道路が完成していなかったため、岩淵一丁目(現・岩淵町)の先の赤羽交差点を左折して線路沿いに進み、駅前に入らずに赤羽消防署付近で終点となっていた。赤羽駅発はそのまま2回左折して赤羽公園付近を進み、岩淵中学校前に停車、そこから北上して志茂五丁目の交差点で北本通りに合流していた。そのため都電終点は赤羽方面のみ停車だったが、都電が廃止されても都電終点という名だったのは面白い。
azn_177 ▲昭和49年現在(黒…[王57]、灰…[王53])
 [王53](池袋駅東口~都営志村車庫)も下りは[王57]と同様な回り方をしていたが、赤羽会館停留所は[王53]専用だったようだ。国際興業と共同運行だっただけあって、赤羽駅の乗り場は駅前の島の乗り場だったが、王子から来たバスも一旦赤羽駅東口に寄ってから、そこでUターンして赤羽会館に入ったのだろう。赤羽会館は[王57]の赤羽駅東口に相当する停留所だと考えれば辻褄が合う。
 [王57]のこの経路も1年限りのことで、昭和48年10月に大通りが完成し、岩淵町から直接南下して赤羽消防署で路上転回するようになって岩淵中学校経由はなくなり、往復とも都電終点を通るようになった。ちなみに都電廃止から遅れること3年、昭和50年に停留所が現在の「赤羽二丁目」に改称された。
 赤羽駅東口構内は国際興業の牙城ということもあってなかなか駅前乗り入れが叶わなかったようだが、平成5年3月に今のように駅前道路に乗り場が移設され、経路が変わった。それでも駅前の一等地のバス乗り場の並びではないあたり、会社が違うことを感じさせる立地となっている。

折り返し系統と出入庫

 [王57]には、現在走っている以外にも赤羽駅東口~王子駅、赤羽駅東口~北車庫という今はなき営業運転の設定があり、方向幕やLEDは今もなお設定可能である。
 赤羽駅東口~王子駅は始発時間帯のみ設定されていたもので、末期は王子駅6:00・6:20発、赤羽駅東口6:00発の運転のみだった。王子駅到着時に[王57]赤羽行きのバス停に着けられるようにするため、王子三丁目→王子駅は溝田橋経由([王40]の項参照)となっていたが、[王40]とは異なり経由地の表示はない。
 赤羽駅東口発の設定理由が今となっては不明だが、当初の志村時代は赤羽駅東口基準でダイヤを組んでいたため、王子駅→赤羽駅方面の送り込みとして機能していたのだろうか。
 平成22年4月の改正で赤羽駅東口発の設定が消え、王子駅発はいずれも車庫から回送で送り込みとなり赤羽駅始発が繰り下がった。そして平成27年3月の改正で王子駅発も豊島五丁目団地6:00始発となり、時刻は微妙に繰り下がったものの団地は13分程度繰り上がり、住民の利便性は上がったと言える。
 後者の赤羽駅東口~北車庫は僅かに設定されていた出入庫で、出庫は北車庫の停留所の位置の都合上次の志茂一丁目から営業運転となっていた。こちらは平成14年4月の改正で消滅し、全て回送となった。回送は営業便とは異なり、赤羽駅東口から南下して北運動公園側をショートカットする。出庫・入庫で経路が異なっているのも特徴で、北車庫から見ると右折出庫・右折入庫となる。

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