都営バス資料館

新小22

[新小22]←[22]

担当営業所

江戸川営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
葛西駅~古川親水公園~今井~一之江駅~松江~江戸川区役所~新小岩駅 8.244km
葛西駅←古川親水公園←今井←一之江駅←松江
葛西駅→古川親水公園→今井→一之江駅
一之江駅→松江→江戸川区役所→新小岩駅
京葉交差点→新小岩駅
出入 葛西駅→古川親水公園→今井→一之江駅→松江→船堀駅 最終のみ

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
22 S21. 8. 1 江東 4.730km 新小岩駅~今井が開通
22 S22.12.30 江東  *** 今井~浦安橋~雷~新田(現・葛西駅通り)を延長
22 S23. 2. 1 江東 11.228km 新田~宇喜田~小島を延長
22 S24. 8. 8 江東 7.392km 新小岩駅~松江~今井~浦安(浦安橋東詰)に短縮変更
22 S24.12.10 東荒川 7.392km 東荒川営業所の新設により移管
22 S26. 8.10 東荒川 8.583km 浦安橋東詰~浦安学校を延長
22 S35. 4.15 江戸川 8.583km 東荒川の(旧)江戸川への移転改称により(旧)江戸川に移管
22乙  S36ごろ 江戸川 9.180km 新小岩駅~安楽寺~宇喜田~浦安学校を開設
22甲  S38. 3.10 江戸川 8.683km 瑞穂橋付近で経路変更
22折  S38. 7.10 江戸川 5.228km 新小岩駅~松江~今井を開設
22丙  S38.11. 1 江戸川 10.070km 新小岩駅~棒茅場~宇喜田~浦安学校を開設
22乙 S40. 6. 5 江戸川 8.435km 浦安橋東詰~浦安学校を短縮
22丙  S40. 6. 5 江戸川 9.325km 浦安橋東詰~浦安学校を短縮
22乙 S43. 2. 1 江戸川 ***  新小岩駅~安楽寺~浦安学校を廃止
22丙  S43. 2. 1 江戸川 ***  新小岩駅~棒茅場~浦安学校を63系統として独立→新小21
22 S44. 4.15 江戸川 8.978km 新小岩駅~(旧)浦安終点に変更延長
22 S45. 8.16 江戸川 9.238km (旧)浦安終点~(新)浦安終点を延長
新小22 S47.11.12 江戸川 *** 新系統番号化、[新小22]とする
新小22 S50. 8. 1 江戸川 8,388km 新小22:新小岩駅~今井~葛西駅、浦22:浦安終点~今井循環に分割
新小22 S59.11.13 江戸川 8.188km 葛西駅ターミナルの整備による経路変更
新小22 S62. 5. 5 臨海 8.188km 起終点を逆転、今井支所・江戸川営業所を臨海営業所へ新設統合、臨海へ移管
新小22 H16. 3.29 江戸川 8.188km 江戸川に移管

路線概要

atozv_336 葛西駅から江戸川区内をジグザグに走りながら葛飾区新小岩へと結ぶ「たてバス」路線。新小岩駅・一之江駅・葛西駅を結び、同じ区間を結ぶ[新小29]とは並行区間もそこそこあるが、どちらが早く着くかは運次第。[新小21]に比べると平日と土休日の本数差がやや大きい。
葛西駅を出発すると、まずは[新小29]と同じく環七を北上するが、新川を越えた先で右折レーンから細い道に入る。古川親水公園から近くない古川親水公園前停留所の次は「江戸川区口腔保健センター入口(えどがわくこうこうほけんせんたーいりぐち)」。都営バスの停留所の中で、文字数と読み方ともに長い停留所名上位にランクインしていたが、近年「都立産業技術高専荒川/品川キャンパス前」の誕生により順位を落とした。
江戸川五丁目で道路を突き当たりの交差点を左折し、旧江戸川沿いにバスは走る。だが堤防が高く視界は遮られ水面を見ることはできない。右手に「あみ元」等
の看板も見えるが、屋形船の店が左手にあり、看板の奥にすぐ桟橋がある。戦前はこの沿岸に船着場が何か所か設けられ、都心方面への客船が運航されていたという。
下今井の葛西駅方向のバス停ポールは都営バス標準型では無く、宝くじ協会寄贈のステンレス製バス停が設置されており、都営バスの停留所規格とは異なっている。それゆえか、時刻表は都営バスサイトのものを印刷したものが掲示されている。
瑞江中学校前停留所を過ぎると中学校前の交差点を右折、近年架け替えられた瑞穂大橋で新中川を渡る。架け替えに伴いクランク上の経路が解消され多少走りやすくなった。あわせて、橋の今井方にあり中学校前とは言いがたかった瑞江中学校前停留所(葛西駅方向)は「今井児童交通公園」に改称されるとともに新小岩駅方面の停留所も増設された。公園にはゴーカート等子供が無料で遊べる施設が設けられている。
 今井は古くからの集落といった感じののどかな場所であったが、現在では新大橋通りの大きな高架橋により景色が分断されてしまい、トロリーバスの終点だった頃の面影を偲ぶのは難しい。東京都江戸川区と千葉県市川市を結ぶ道路橋は意外と少なく、今井橋は過去も今も交通の要路である。都営新宿線開業前は、今井地区の最寄り駅は東西線の南行徳駅(同駅の開業前は浦安駅)であり、その流れを汲んでか昔から京成のバスが浦安(後に南行徳)へと橋を渡って走っている。現在は [瑞75](江戸川スポーツランド~今井~南行徳駅~新浦安駅)が日中20分に1本程度運行されている。ただし、都営バスの今井停留所とは幾分離れた土手沿いの篠崎街道上に京成バスの今井停留所があるため注意。
 さて、[新小22]は今井から今井街道に入る。瑞江大橋で再び新中川を渡ると一之江駅に到着する。両方向ともターミナル構内に入り、新宿線との乗り換えが楽々な位置に停車する。
 環七の陸橋をくぐり、今井街道を小松川へとさらに進む。この区間は[新小22]の他に[亀26]や[新小29]、途中からは[平23]も合流して運行されている。 中でも[亀26](→[上26])の前身はトロリーバスであり、それを後世に残すためのモニュメント的なタイルが、松江商店街の歩道に埋め込まれている。松江商店街は駅から離れていることもあり、昭和の雰囲気を残す昔ながらの歩道アーケード商店街という感じだ。
 松江を出発し東小松川一丁目を右折すると[新小21]と合流、江戸川区役所前を経由して新小岩駅に到着である。新小岩駅南口は再整備が進みつつあり、平成25年に降車場が三井住友銀行付近に移転している

歴史

 終戦後の早い時期に江戸川区に開業し、現在も残る息の長い系統である。昭和21年8月に開業した[22]新小岩駅~松江~今井の区間が原型であり、都営バスの新小岩駅初乗り入れとなった。もともと新小岩駅は東京市外の駅で、バスが入れるようなロータリーも当時は整備されていなかった。
 江戸川区の中央部は葛飾乗合自動車が大正末期から路線を広げたところで、城東電車の終点の小松川(西荒川)から今井街道を経由して浦安・行徳方面に伸びる路線が中心となっていた。昭和17年の交通一元化で多く東京市に引き継がれ、平井方面~西荒川~今井として新たに組み替えられたが、戦中の路線縮小と組み替えで昭和20年4月には錦糸町駅~今井となり、6月の改編で今井街道の区間は廃止されてしまった。
 これ以外にも葛飾乗合から引き継いだ路線としては新小岩駅~船堀~新川橋という系統があったが、東京市では当初から休止状態になっており、今井街道の区間と船堀街道をつないで一本にした路線と言える。
 昭和22年9月のカスリーン台風でこの系統も被害を受けたが、葛西橋が通行不能になって葛西橋から葛西・雷方面が運行休止となった([亀29]の項も参照)ため、12月に[22]が今井~浦安橋~雷~新田(現・葛西駅通り)を延長してひしゃく型のような梨路線になった。葛西はバスが唯一の交通機関のため救済が急務だったのだろう。翌年2月にはさらに新田から荒川放水路手前の小島まで延伸された。葛西橋が仮復旧して人は通行可能となっており、江東区側への連絡を行う意図もあったのだろう。
atozv_345 ▲昭和24年3月現在(事業概要より)
 この措置は葛西橋が車も通れるようになる昭和24年8月まで続く。同月の改編では逆に浦安橋を渡って浦安への乗り入れを果たした。以降浦安への乗り入れについては別途コラムも参照のこと。
 開業当初は江東所管だった。実質的には分車庫だった東荒川が拠点だったのかもしれないが、昭和24年には東荒川営業所の開設により正式に東荒川の管轄となり、昭和35年には船堀への移転とともに(旧)江戸川の所管となった。
 今井街道には上野公園~亀戸駅~今井のトロリーバスが昭和27年に開業しており、都心側に直通する交通手段は本数の面でもトロリーバスが中心となったが、浦安・葛西・下今井地区から一本で新小岩駅へと直通する系統として、昭和30年代は100往復を超える本数が運転されるようになった。
 昭和30年代後半には新小岩駅から船堀街道を南下する枝系統[22乙][22丙]が開業したが、こちらについては[新小21]を参照のこと。
 昭和44年の東西線開業によりこの系統も大きな影響を受けることになるが、昭和45年8月の最初の変更は、葛西駅への乗り入れではなく、浦安終点までの路線を延長であった(浦安操車場の新設もこのとき)。しかし、浦安橋の渋滞もあり、昭和50年8月に路線を分割して[新小22](新小岩駅~葛西駅)、[浦22](浦安終点~瑞江循環、臨海の[葛西22]参照)とした。[新小22]は浦安橋の手前の江戸川五丁目で折れ、古川親水公園(江戸川六丁目)から環七を南下して葛西駅に至るルートとなった。開業したばかりの環七沿いからの集客も狙おうとしたのだろう。なお、葛西駅以北の環七通りを走るバスとしては昭和50年12月開業の[新小29](東新小岩四丁目~葛西駅)より4ヶ月早い初の一般路線となった。
 昭和52年度の1日あたり乗客数は[新小21]の13,600人に比べ18,500人とかなり多く、都営バス全系統でもかなり上位に位置していた。
路線の形は以後現在に至るまでほぼ変化がないが、昭和61年9月の都営新宿線延伸(船堀~篠崎)により大きな影響を受ける。一之江駅に乗り入れるようになったものの、乗客の流出は続いたようで、平成2年度には[新小21]との乗客数が逆転した([新小21]13,200人、[新小2]12,900人)。西葛西駅の発展や周辺人口増加の違いもあったのかもしれない。'90年代後半に段階的に本数を減らされていった。乗客が多く賑わう船堀・西葛西と比べると、沿線の集客力の差もあるのかもしれない。
 ただ、臨海営業所のはとバス委託開始時には直営の江戸川営業所に移管され、以後ダイヤの変更もほぼなく現在に至っている。

終バスの船堀駅行き

 [新小22]の葛西駅発の最終は、一之江駅・松江経由で船堀駅行きとなっている。東小松川一丁目から船堀街道を南下して船堀駅に向かうが、路線図には掲載されていない隠れ枝系統と言える。船堀駅到着後は営業で東小松川分駐所に入庫となる。
 以前は(旧)江戸川営業所の入庫として運転されていた名残だが、現在でも松江辺りで運行を打ち切らないで全区間運転しているのは面白い。かつては船堀駅発の設定もあったようだが、今は片道一本のみとなっており、葛西駅方面の始発は回送出庫で松江始発となっている。
 ちなみに、船堀街道に出て東小松川二丁目で降りると道路の対岸に新小岩駅方面のポールがあるが、そこから[新小21]の新小岩駅行きに乗り換えることができる。東小松川一丁目だと経路の都合で今井街道上の[亀26]用の停留所に停まるしかなく、他の停留所とはかなり離れているため、乗り換えの便宜を図る意味もあったらしい。

出入庫

 葛西駅~江戸川車庫の出入庫がほとんどかと思いきや、東小松川分駐所の担当ダイヤも一定数あり、そのために[新小22]が葛西駅に到着後[錦25]に化けて船堀駅経由東小松川車庫行きとなる姿も見られる。また、[新小21]の項でも述べた通り、早朝は[新小21]東小松川車庫→新小岩駅を出庫で使ったり、臨海での食事休憩用に[臨海28]葛西駅~臨海車庫を運転したり、はたまた葛西駅~[臨海28]~臨海車庫~回送~江戸川車庫という出入庫があったりと、色々なパターンが存在するのがこの系統の特色と言える。

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