都営バス資料館

梅76・梅01

[梅76][梅01]

担当営業所

青梅支所

運行区間・運行回数

系統・枝番 起点、経由地、終点           備考 キロ程(往/復) 平日 土曜 休日
梅76甲-1 裏宿町~柳川~成木市民センター~上成木 15.420km 1 2 1 2 1 1
梅76甲-2 裏宿町~柳川~北小曾木~成木市民センター~上成木 18.220km 2 2 2 1 1
梅76甲折返-1 青梅駅~柳川~成木市民センター~上成木 14.050km 1
梅76甲折返-2 青梅駅~柳川~北小曾木~成木市民センター~上成木 16.850km 1 1 2 2
梅76甲折返-3 青梅車庫~柳川~成木市民センター~上成木 17.650km 1
梅76甲折返-4 青梅車庫~柳川~北小曾木~成木市民センター~上成木 14.850km 1 1 1
梅76甲折返 柳川→成木市民センター→上成木 8.300km 1 1 1
梅76丙 青梅駅~畑中3~吉野梅林~吉野 6.400km 52 51 37 35 38 37
梅01 青梅駅→畑中3→吉野→御嶽駅→玉堂美術館→吉野→畑中3→青梅駅 19.000km 8 8


現在

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要               
梅76  S50. 4. 7 青梅 18.750km 廃止した西武バスの代替で吉野~青梅駅~上成木が開通
梅76  S51. 4.15 青梅 18.950km 青梅駅付近で駅に乗り入れるよう経路変更
梅76甲 S60. 3.14 青梅 13.450km 系統分割、青梅車庫~上成木に変更短縮
梅76乙 S60. 3.14 7.900km 同上、吉野~東青梅駅を開設
梅76甲 S63. 3.13 青梅 16.250km 梅74と経路を振替、青梅~青梅十小~上成木に延長
梅76乙 S63. 3.13 12.460km 河辺駅北口~青梅第十小学校~上成木を開設
梅76丙 S63. 3.13 12.360km 従来の乙を丙とし、吉野~青梅駅~河辺駅北口に延長
梅01 H 2. 7.22 青梅 9.100km 青梅駅~玉堂美術館が開通
梅76甲  H 6. 6. 1 青梅 16.250km 青梅を青梅車庫に改称
梅76甲 H 8. 4. 4 青梅 *** 停留所名を青梅第十小学校→北小曾木、北小曾木→坂下へ変更
梅76乙 H 8. 4. 4 同上
梅76甲 H 8.11.25 青梅 17.650km 新吹上トンネルが開通のため、トンネル部の経路変更。また、農林高校入口~東青梅の経路を青梅市役所経由に変更(梅74と統一)
梅76乙 H 8.11.25 16.560km 同上
梅76甲  H10. 4. 6 青梅 18.220km 裏宿町~青梅車庫を延長
梅76丙  H11. 3.20 青梅 6.400km 青梅駅~河辺駅北口を短縮、短縮分は梅77丁へと変更
梅01 H17. 4. 1 青梅 19.000km 青梅駅~吉野~御嶽駅に変更延長
梅76乙 H26. 4. 1 青梅 *** 河辺駅北口発着を全廃

路線概要

 [梅76]は、青梅線宮ノ平駅近くの裏宿町を起点に青梅市の北西の山間部に位置する上成木を結ぶ[梅76甲]、青梅線河辺駅を起点に上成木を結ぶ[梅76乙]、そして青梅駅を起点に多摩川の対岸を青梅線と平行して吉野街道を西へ吉野へと走る梅76丙の路線に大別される。[梅76丙]の兄弟路線として土休日に吉野から先、軍畑・御嶽駅方面へと循環する[梅01]がある
まずは上成木方面から。[梅76甲乙]は利用者数は130人程度(平成24年3月調査)と都営バスの路線の中では屈指の少なさであるが、成木地区の住民にとっては無くてはならない生活路線となっている。
[梅76甲]は裏宿町を出発すると、国道411号線を東へ進む。前方に樫の木が見えてくるとそこは青梅車庫。この路線は裏宿町始発以外に青梅車庫発や青梅駅前発便が存在していて、青梅車庫前発は車庫構内と裏宿町発便が停車する街道上の2回停車を行っている。
青梅車庫を過ぎると青梅市の旧市街へとバスは進んでいく。左手に青梅市民会館が見えてきたところで国道411号線は右へ進路を取るが、バスはそのまま直進して都道28号線と名前を変えた道路ををさらに東へと向かう。この辺りから商店や銀行等が立ち並び、町の賑わいを見せるようになるが、今の青梅市の中心は東側の河辺方面にシフトしており往年の活気は薄れつつある。
バスは、青梅駅前に立ち寄るため青梅駅前交差点を左折して駅前ロータリーへ。ここから乗車する客は多く、車内に活気が出る。しかし青梅駅前のロータリーはその面積に比べるバス停のポール数は少ない。1990年代まではこの青梅駅から入間市駅と飯能駅行の西武バスが運行していたのだが、青梅市の中心地が青梅から河辺方向へ移っていったのにあわせて河辺駅、東青梅駅始発に路線を変更してしまい、青梅駅から撤退した。西東京バスも現在は小作駅行きが乗り入れているだけだが、その昔は御嶽・ケーブル下行や武蔵五日市駅行きなどの多数の路線が乗り入れていた。
青梅駅を出発した[梅76甲]は、再び都道28号線を東へ進む。この辺りは青梅宿という宿場町で、道路沿いに並ぶ家々にもその当時の面影を残す家が少なくない。そしてそれら家々には往年の映画看板が掛かっているのが目に入ってくるだろう。これらの映画看板は久保板観氏が手がけた作品で、氏はその昔青梅に映画館があった頃に看板作成をしていた職人であった。再び映画看板を描くようになったきっかけは、青梅で平成5年に開催された「青梅宿アートフェスティバル」で、約20年ぶりに映画看板を手掛けることになったが、それ時に作成された映画看板が青梅宿の町を飾ることとなった。それ以来町おこしの一環として氏がや明星大学青梅校の学生たちも手伝って描いた映画看板も枚数を重ね、現在のような映画看板のある街ができあがったのだ。そして青梅市も昭和レトロな街を演出すべく、街の整備を行っており、住吉神社前付近にはレトロな休憩所が設けられている。
映画看板で彩られた町並みを抜け、青梅線の踏切が見えてくるとバスは右折し、東青梅駅、青梅市役所前と遠回りのルートを取って、六万公園で河辺駅発便の経路と合流する。このようなルートを取るのは青梅市役所へのアクセス目的が理由ではなかろうか。この部分は[梅74]も同様の経路となる。
六万公園から再び青梅方向へ走り出すと、東青梅駅北口に到着。立派なバス乗り場が設置されている南口と異なり、駅前には入らず旧青梅街道上で客扱いする
が、こちらの方が河辺駅から来る便も合流していることや無駄が少ないと言うことで、北口で乗降する客の方が多い。青梅側から来たときに見えた踏切をもう一度見て、その手前にある成木街道入口交差点を右折してバスは成木街道へと足を進める。
この先は柳川まで[梅74]と同じルートを辿っていき、柳川から先は都営バスで唯一設定されている自由乗降区間に入る。小曽木街道との交差点を[梅76]はそのまま直進して黒沢の停留所を過ぎ、再び坂を上るとトンネルが見えてくる。このトンネルを新吹上トンネルといい、都営バスの路線で山を貫くトンネルを走行すると言えるのは、この[梅74][梅76]のみである。
新吹上トンネルは平成5年に完成したが、それ以前は(旧)吹上隧道という旧道にあるトンネルを経由していた。吹上隧道は現在でも徒歩やバイクで通行することが可能である。(旧)吹上隧道が昭和28年に開通する前は、明治期に開通した2世代前の吹上隧道があり、黒沢の停留所から明治のトンネルに行く旧道が分岐している。残念ながら、現在はこちらのトンネルは閉鎖されていて通り抜けることはできないが、3世代のトンネルが並存していた珍しい峠と言える。
この新吹上トンネルと吹上隧道だが、心霊スポットとしても有名で、青梅支所の乗務員の間でも幽霊を目撃したという体験談が伝えられている。
「とある夜、成木方面に乗務すると、柳川までにほとんどの乗客が下車した。車内確認ミラーで確認すると1名の乗客が残っていた。バスはいつものように成木街道を走り、新吹上トンネルを抜けた。ちょうど出たところの赤信号で停車したため、再び車内を確認したところ、乗車しているはずの乗客の姿がいなかった。運転席の真後ろに移動したのかと思い、別のミラーで確認しても乗客の姿がバスにはなかった……」
夏場になると肝試しとしてこのトンネルを歩いて抜ける若者が、トンネルの手前で下車することもあるそうだ。
さて、新吹上トンネルを抜けると成木八丁目の交差点、ここで多くの便は成木街道から左折し、川に沿って進んでいく。前方に小学校っぽい建物が見えてくるとバス転回場があり、バスはその転回場へ入る。この場所に設けられた停留所が「北小曽木」。元は青梅第十小学校という名で、平成8年に廃校となった。詳しくは折返所の項も参照されたい。
北小曽木の転回場でバスは今走ってきた道を再び成木街道に向けて走り出す。この成木八丁目交差点~北小曽木の区間は[梅76甲乙]の一部便は経由していないので、利用の場合は注意が必要である。
成木八丁目交差点に戻ったバスは再び成木街道を走る。郵便局が見えてくると成木市民センター。かつての成木村の中心であったところだ[梅76甲乙]はこの先の交差点を左折し成木街道を西へ進む。
この先は右へ左へとカーブが続く上り坂を登って行く。窓の外は山肌と森林。一般的な都営バスが走っているイメージとは想像も付かないと言われてもしかたないのかもしれない。
集落があり、その集落には必ずバス停が設置されている。これも沿線住民の足としての役割を担う、都営バスのもう一つの一面を垣間見ることが出来る。常連客は自由乗降区間であることを活かして、自宅の前でバスを止めて下ろしてもらう姿も見られる。高土戸(たかつと)・大指(おおざす)と難読停留所が続くのもこの区間の特徴。最近では道路の付け替え工事が行われ、一部区間では新道も完成しているが、[梅76]は集落のある旧道で走っていく。
高土戸は目立たないが、実は都営バスの最北端の停留所。ちょうど成木街道が北側に蛇行しているところ。付近には家が数件と、バス停から奥の急坂を登ったところに上成木神社の古い社が建っているのみだ。かつては林業に従事する家が多かったと言うが、今は昔の話となってしまった。
さて、ここかは少しばかり南側に街道を進む。右手に上成木ふれあいセンター(旧青梅第九小学校)が見えてくると、終点上成木はもうすぐ。[梅78]が走っていた北小曽木へのショートカットルートと合流し、蕎麦屋が見えて来たところでバスは左折して停車。ここが終点の上成木。都営バスでもっとも標高の高い場所に位置する停留所である。
折り返しまで5分、次の便まで1~2時間。時間が許すなら、上成木停留所の裏にある蕎麦屋で、蕎麦を嗜むのもいいだろう。
[梅76丙]は青梅地区の路線で一番の幹線とも言える系統である。吉野発の始発も平日は5時47分、青梅駅発の最終も平日は22時30分発と運行時間帯が長く、利用客も2,300人弱/日と市内の各線ではかなり多い。
青梅駅を出発したバスは、旧青梅街道を少し走った後に市民会館前の交差点で左折し、ここからは国道411号線となり坂道を下っていく。割と斜度のある坂道であるが、それにはこの青梅付近の地形が関係している。
東青梅駅~軍畑駅付近までは典型的な河岸段丘地形であり、青梅駅から西側は平地も少なく急激に山肌が多摩川へと斜面が連なっていることが分かる。
この[梅76丙]は多摩川に向かう河岸段丘に沿って走っていくため、バス車窓からも河岸段丘をしっかりと確認することが出来る。万年橋を渡るときは左右の車窓に注目するといいだろう。
万年橋を渡って交差点を右折。ここから吉野街道に入る。この吉野街道は昔ながらの道で片側1車線でも道幅が割と狭い道であったが、最近では道路も拡幅工事が行われ、幾分か道幅が広くなり歩道も整備されつつある。
先にも述べたが、この辺りの地形は河岸段丘地形で山も迫っている分平地も限られているため、平地の少ない青梅線側ではなく比較的平地の多い吉野街道沿いの方が宅地化が進んでいる。[梅76丙]の利用客が多いのは地形的な理由もあるようだ。道の両側に並ぶ家々も、古くからある家よりも割と最近立てられたような家が目立つような感じである。
畑中の集落を抜け雑木林が目に入ってくると、明治橋。バス停のそばに『水織音さしえ美術館』という古民家を利用した個人美術館と喫茶室がある。一息つくのにも良いだろう。この先は和田町の集落。住宅も多く建ち並び、青梅駅から乗車してきた客の大半がこの辺りで下車していく。確かに青梅線の駅まで歩くには遠く、バスで青梅駅まで出てしまった方が都合がよいようだ。続いてバスは梅郷の集落へ進んでいく。地名の『梅郷』が示すとおりこの辺りは梅林が多く見られる。吉野梅林から10分ぐらい歩くと梅の公園があり、毎年2月下旬~3月にかけて梅祭りが開催され、多くの人出で賑わう観光スポットとなる。また吉野街道の両脇には農協や郵便局、スーパーマーケットなども並んでおり、この辺り一帯の商業地と言っても過言ではないのかもしれない。
梅郷の集落を抜けると、吉野の集落へ。この付近も吉野街道に沿って戸建ての住宅が建ち並んでいる。文豪で名高い『吉川英治記念館』があり、 [梅01]を利用して御嶽方面と観光する乗客の姿も見られる。吉川英治記念館を過ぎて、右側に転回場が見えてくると[梅76丙]の終点、吉野。バスは転回場に入ってから降車扱いをして、しばし休息の後に青梅駅へ向かって出発していく。
そして、土曜・休日はこれに加えて[梅01]が運行される。青梅駅~吉野は[梅76丙]と同じルートを辿り、吉野から先は、軍畑大橋で多摩川を対岸へ渡る。軍畑大橋の上では左右の景色を要チェックである。万年橋を渡るときに見た景色と川の様子が違うことが判るだろう。橋を渡り、軍畑駅入口からは国道411号線を青梅線に沿って御嶽駅へと向かう。
青梅駅から乗車した客がこの辺りで乗降する事もある。青梅線の本数が少ないため、その補完的な使い方をする住民もいるようだ。
御嶽駅ではケーブル下行の西東京バスが発着する乗り場の路上に停車、御嶽駅前の交差点を左折して御岳橋を渡って対岸の交差点を左折、ここからは再び吉野街道を吉野に向けて走行する。橋を渡りきったところにあるのが玉堂美術館。[梅01]運行開始当初は吉野から吉野街道を直進してここが終点となり、先の転回所で時間調整を行っていたとか。
現在は、吉野街道は玉堂美術館発だけが通る経路となっている。寒山寺、櫛かんざし美術館と観光スポット最寄りにバス停が設けられ、週末ともなればこの辺りから青梅駅や吉野梅林まで利用する行楽客の姿も見かける。多摩川に沿って吉野街道をしばし走ると吉野に到着。循環区間の終了となり、ここからは青梅駅へと戻っていく。

歴史

 昭和50年4月に開業した「新しい」路線である。といっても都営バスとしての開業がこの日だったのであり、路線自体は古くから存在した。それより前は西武バスの手で成木線(西武日向和田車庫~和田詰所~青梅駅~上成木)、七日市場線(青梅駅~吉野)が運行されていた。しかし、西武バスは昭和40年代よりモータリゼーションや過疎化に伴っての不採算路線の廃止を進めており、これらの路線も著しく不採算として廃止されることになった。そこで都営バスが代替で運行することになったのである。
 西武バス時代は系統番号は付与されていなかったが、都営バスでは[梅76]の系統番号が与えられた。開通当初は一本の路線として運行され、上成木~青梅駅~吉野と、東青梅駅~青梅駅~吉野、青梅駅~吉野の折り返し系統がそれぞれ運行されていた。上成木は7.5往復、青梅駅・東青梅駅発着はそれぞれ10往復前後と、吉野発着のほうが本数は多かった。西武バス時代の運行本数を概ね引き継いだのだろう。
 しかし、上成木から青梅駅をまたぐ需要もないということか、昭和60年に運行形態が見直され、青梅車庫~上成木と吉野~青梅駅~東青梅駅に分割された。早朝1本のみ、従来の名残で柳川→青梅駅→吉野というまたぐ運行があったが、実質的に2系統の分割と見てよいだろう。系統番号は上成木が[梅76甲]、吉野が[梅76乙]となっていたが、案内上は両方とも変わらず[梅76]のままだったため、紛らわしい。
 昭和63年には[梅74]と一部経路を振り替え、およそ半数が柳川~成木市民センターの間で青梅第十小学校(現北小曾木)に寄るように変更された。第十小学校を通る便数は[梅74]時代よりはかなり少なくなったことになる。同時に[梅74]と同様1~2往復程度ではあるが河辺駅北口発着も誕生し、[梅76乙]を名乗った。
 また、吉野発着の[梅76乙]は[梅76丙]に変更され、東青梅駅発着だった便は河辺駅北口まで延長され、河辺駅北口~青梅駅~吉野となった。
 その後、上成木系統は平成8年に東青梅~農林高校入口の間を[梅74]と同じように青梅市役所・東青梅駅(南口)を大きく迂回する経路に変更し、平成10年には[梅74]とあわせて一部便のみ青梅車庫~裏宿町を延長した。これにより、始発地は河辺駅・青梅駅・青梅車庫・裏宿町の4か所、さらに北小曾木に寄る/寄らないという合計8パターンの運用が存在することになり、時刻表上の補助の印はやたらと賑やかになっている。
 本数は長らく8往復程度を確保しており、西武から引き継いだ時から本数はほぼ変わっていない。しかし内実は過疎化による乗客減少が無視できないレベルと思われる。平成24年の青梅市の調査では、成木市民センター~上成木のこの系統単独区間では平均乗車密度が1.4人程度となっており、1便あたり平均では、この区間は1~2人の乗客しかいないということである。青梅市との公共負担は継続されており、唯一の公共交通として無くてはならない存在であるが、平成26年春からはついに昼間の運行がほとんどなくなり、河辺駅北口発着も廃止されるなど本数にメスが入れられた。今後も気になるところだ。
 一方、[梅76丙]は開通当初に比べ本数も増加し、青梅市内では最も利便性の高いバス系統になっていった。JR青梅線とは多摩川を挟んで数百メートル離れており、また電車の本数も2本/時程度で、青梅で乗り換えが必要ということもあるのだろう。青梅街道沿いに青梅駅~御嶽駅を走っていた西東京バスが全て廃止されたのとは対照的である。本数は引き継ぎ当初より20往復以上増加し、終バスは青梅駅発22:30と遅く、JRの時刻変更に合わせてこまめにダイヤ改正するなど、利便性を高める努力も行っている。あとは、運行間隔がランダム気味になっている部分の改善が期待されるところだろう。
 なお、[梅76丙]の河辺駅北口発着便については、昼のみ数本運転が継続していたが、平成11年に短縮され、全便青梅駅~吉野の運転に短縮された。
 これ以外では、平成2年にレジャー系統として休日のみ吉野~玉堂美術館を延伸した[梅01]が開通している。吉野から先は沿線人口も少ないため、停留所を絞り、観光地の最寄りのみ停車となった。方向幕には沿線の名物である梅のイラストをあしらったものが印刷された。当初は12月~2月は運休で、都民の日(10/1)のみ平日も臨時運転という形態で6往復だった。その後、平成10年頃からは土曜・休日の通年運転、10往復にまで増加している。さらに、平成17年には吉野→玉堂美術館を青梅街道経由として循環状に折り返すようになった。玉堂美術館は単なる路上の終点で、
当初はその先の交通局の多摩川第三発電所の敷地を、後にその手前の折返所で折り返していたが、それが使えなくなったための措置とも言える。
黒沢始発
 早朝のみ、[梅74][梅76]は黒沢始発となる便が存在する。青梅車庫を出て少し走り、次の上町停留所の手前で小曾木街道が分岐するところを左折し、坂を登っていく。車線が狭いこともあり、なかな味のある車窓風景なのだが、回送しか走らないのが残念である。実はこの小曾木街道、青梅市街地や東青梅をショートカットして柳川(黒沢二丁目)の交差点まで出られるので回送には非常に便利な経路である。しかし柳川バス停には停車させられず、営業できる次の停留所は黒沢ということになるので、中途半端な始発地のように見えている。
 黒沢始発の上成木行きは5:59発で、どのような利用者がいるのかは不明だが、どうせ回送運転するよりは……ということで営業しているのだろう。

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