都営バス資料館

東22

[東22]←都電28

担当営業所

江東営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
錦糸町駅~住吉駅~東陽町駅~門前仲町~東京駅北口 8.180km
錦糸町駅~住吉駅~東陽町駅 3.000km

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
東22  S47.11.12 江東 8.180km 都電28系統(錦糸堀~日本橋)の代替で錦糸町駅~東京駅北口が開通

路線概要

atozl_144  都電28系統の代替で、東京駅北口と錦糸町駅を結ぶ。永代通り・四ツ目通りを結ぶ比較的単純な線形となっており、多数が東陽町駅~錦糸町駅の折り返し運転となっている。この区間の運転本数は非常に多い。なお、枝系統として[東22乙](東京駅北口~IBM箱崎ビル)が存在したが、[東20乙]も参照のこと。
 東京駅の赤煉瓦駅舎を背後に出発したバスは、永代通りへ右折してガードを抜ける。JR高速バスの降車場が右手に見えてくると呉服橋で、東京駅を利用する場合や八重洲口方面へはここで降りると便利である。
 バスはこの先、道なりに永代通りを進んでいく。左右にオフィスビルを見ながら日本橋・兜町・茅場町と商業中心地を通る。
茅場町から先、新川一丁目や永代橋では、並行する地下鉄東西線の駅間が長いこともあり、平日は商用や通勤客の乗降が比較的多い。ただし週末となると利用客がかなり少なくなってしまう。アーチの形状が美しい永代橋で隅田川を渡る。右手にはリバーシティ、左手には箱崎が望める。また、日没から22時までは橋が青白くライトアップされ幻想的な趣を見せる。ここはバスを降りて外から眺めるのも乙なものである。
 永代橋を越えると間もなく門前仲町。都電時代からの交通結節点であり、ここから錦糸町駅までは[東22][東20][都07]と、3系統が運行されている。[東22]が長男、次男は大回りの[都07]、年の離れた三男は[東20](→臨海の巻を参照)と、さしずめ門仲錦糸町3兄弟といった感じだろうか。ここからは利用客の数も一段と多くなる。正月三が日は、富岡八幡宮と成田山深川不動尊への参拝客も多くなるため、東陽町止まりの便を門前仲町まで延長運転して臨時ダイヤとなるのも特徴的である。
 その不動尊と八幡様を左手に見て、首都高速9号線の高架をくぐると木場駅に停まる。株式会社フジクラの工場跡地に建てられたギャザリア木場が永代通りの南側に完成し、利用客もより増えてり、バス停で並ぶ客の列も長く伸びることもある。ここで三ツ目通りへと左折してゆく[東20]と一旦別れる。
 東陽操車所は昔の洲崎営業所の名残で、右手に広がる都営アパートもかつての車庫の跡である(詳しくは深川の巻を参照)。錦糸町駅からやってきた[東22]東陽町駅どまりの区間便は一停留所回送して一息つき、すぐに発車していく。操車所を過ぎると東陽町駅で、[東22]は交差点を左折して四ツ目通りに入ってから停車する。少し間隔が開くと、多くの乗客がこの停留所で待っている姿が見られる。
 ここからが[東22]の本領発揮となる。錦糸町駅までは、平日217.5往復と都営バスでも上位に入るフリークエントサービスを提供している。平日朝夕はもちろんのこと、土曜・休日の日中でも4~5分間隔の運転であり、東陽町駅では既に乗客が乗っている東京駅発の便に乗らず、直後にやってくる東陽町駅始発便まで待つ光景も見られる。
 ここからは、四ツ目通りを錦糸町駅まで一直線にバスは向かう。右手に江東区役所を望むと、左手に少しばかりオシャレな建物が見えてくるが、これは「東京イースト21」というビジネスビル・ショッピングセンター・ホテルの複合施設である。昔は東陽町駅からこの施設までの送迎バスを都営バスが担当していた。(→コラム参照)
 このイースト21の前にあるのが豊住橋停留所。平日朝夕は通勤客が多数利用している。豊住橋の次の停留所は「千石二丁目」であるが、同じ地名・バス停が文京区内にも存在しており、このような例は都営バスでは比較的珍しいと言える。その次は「千田」。東陽町~錦糸町の区間便の経由地にも表記されている停留所だが、江戸時代にこの地域を開発した人物の苗字が千田であったことが由来と言われる。
 太鼓橋のようになっている小名木川橋を渡り住吉駅となる。長らく都営新宿線の単独駅であったが、近年半蔵門線が開業した。この区間は地下鉄並行となるが、バスが手軽ということか、住吉駅から錦糸町駅までの乗客もそれなりに見かけることができる。首都高7号小松川線の高架をくぐると錦糸町駅発の便だけが停まる錦糸堀を横目に過ぎ、錦糸町駅前に到着する。
 ここの停留所は終点のようで終点でない停留所で、バスは朝ラッシュ時の一部時間帯を除きこの先の錦糸町駅前ターミナルまで運行している。都営バスの場合、同一停留所の2回停車は基本的に行っていないため、便宜上停留所名を分けているが、正式にはどちらも「錦糸町駅前」停留所である。この辺りの話は後の項でも述べよう。
 京葉道路の交差点を曲がる時間のロスもあり、駅へと急ぐ客は手前の錦糸町駅前で降りて歩道橋を渡り、足早に駅へと向かう。バスは京葉道路の交差点を曲がって駅前ターミナルに入って終点となる。
 錦糸町駅の乗り場は、[東22]単独で一つの島を使用しており、同時に2台が左右に並んで停車できる構造となっている。誘導員が先発のバスが手前の車なのか奥の車なのかを案内する光景も、[東22]ならではの活気ある一コマといえよう。

歴史

 四ツ目通りの錦糸町駅~東陽町駅に市電(都電)が引かれたのは昭和5年9月のことで、市電の歴史の中では後のほうの開通だった。以来、戦前は市電31系統(錦糸堀~洲崎~大手町)として運行を続けていた。今の区間と基本的に変わっていないが、四ツ目通り沿線の乗客を都心に運ぶとすれば最も素直な線形であろう。
 戦前の一時期は、大手町から東京駅を経由して市役所(→都庁前、現国際フォーラム)まで延伸されたが、太平洋戦争の戦況悪化とともに不要区間を短縮して昭和19年に再び大手町発着となり、翌昭和20年3月の東京大空襲でしばらく運行休止となった。
 戦後の復旧は昭和21年12月になってからで、このときは錦糸堀~東京駅降車口(現北口)であった。後に昭和23年には都庁前まで再び延長され、永代通りの主力路線となった。路線ピーク時の昭和35年には都庁前までの通し運転が200回、錦糸堀~洲崎は300回近くの運転回数を誇った。正にひっきりなしの運転であり、昭和35年の系統乗客数は77,000人/日と、路面電車の1系統としては破格の輸送量である。
 昭和42年には地下鉄東西線が東陽町まで開業し、都電28系統の乗客は半分以下になったが、錦糸町駅~東陽公園の間は南北に結ぶ重要路線として本数も引き_
続き多く設定されていた。
 都電の段階的な撤去に伴い、昭和44年4月には都庁前~東京駅北口が短縮、同年10月には東京駅北口~日本橋が短縮され、昭和47年11月に全廃された。
代替後は[東22]を名乗り、代替に際しては東京駅北口発着となった。折り返し場所として都合のいいところまで再延長したものだろう。以来、現在に至るまで路線形態も所管営業所も全く変わっていない。都市新バスが3系統集まる錦糸町駅発着の全系統の中で、最も本数が多い系統である点も不変である。朝は2~3分間隔で到着・発車を繰り返し、乗客を多く載せて四ツ目通り上を走る。団子状態になることも珍しくない盛況ぶりである。
 平成15年3月に半蔵門線の水天宮前~押上が開通、 [東22]も錦糸町駅~住吉駅で並行し、影響は大きいかと思われたが、運行本数の削減は1割程度に留められた。半蔵門線が都営地下鉄でないからという穿った見方もできなくはないが、渋滞も少なく、扇橋や千田などでこまめに乗客を拾う点、また、東西線との連絡需要も大きいことがあってのことと思われる。深夜バスの設定がないのが不思議なくらいだ。
 むしろ、豊住橋など沿線にマンションが増加したこともあり、平成21年の改正では再度増発に転じた。東陽町駅~錦糸町駅は双方向とも常に混雑しているといえ、効率もかなり良いものと想像される。住吉駅近辺~錦糸町駅の利用についても、駅入口から深くて遠い地下鉄よりも、待たずに乗れるバスを選択する人も見られ、路面交通機関としては理想的とも言える。
 ただし、東陽町駅から東京駅までの間は本数が減少傾向にある。平成13年に開通した兄弟系統、[東20](東京駅北口~東京都現代美術館~錦糸町駅)に本数が回ったということがあるかもしれないが、日本橋への買い物需要の減少や、都心まで直通して乗る通勤客の長期的な減少が影響しているのであろう。それでも、朝ラッシュ時に東京駅北口・日本橋から乗車して新川・永代橋近辺まで乗車する通勤客がいるのを見ると、地元に密着している路線であることを感じさせられる。

千田経由

 現在の主力である錦糸町駅→東陽町駅の折返運用の行先表示は「千田・東陽町駅」となっている。明治通りを経由する[都07]と区別できればよいため、経由地は住吉駅でも豊住橋でも江東区役所でも何でも良さそうであるが、千田というターミナルでも何でもない停留所が選ばれているのが不思議である。昔からの伝統と思いきや、かつての小型幕時代の側面は「扇橋(二)」が選ばれており、前面・背面の経由地表示は特になかった。大型幕になってからのこととは思うが、なぜ選ばれるようになったのか、地味に興味深いところだ。

錦糸堀

 四ツ目通り、錦糸町駅からすぐ南下した所に錦糸町駅発だけ停車する「錦糸堀」という停留所がある。[東22]のほか[錦11](亀戸駅~築地駅)、[錦13](錦糸町駅~晴海埠頭)、また派生系統と言える[東20][錦22](錦糸地町~臨海車庫、錦11・錦22は臨海の巻を参照)も停まるのだが、目の前を通るのに[錦28](錦糸町駅~東大島駅)だけ通過してしまう。逆に、[錦11]は錦糸町駅の乗り場が四ツ目通りにあるのに、走って100mもしないうちに次の錦糸堀になり、ここから乗る人はいるのだろうかという具合の近さである。
これは、[東22]・[錦11]が都電代替を由来としているためだろう。都電時代の錦糸堀電停は四ツ目通り・京葉道路が交差するところの名だが、その代替停留所として設けられたバス停は、設置箇所の都合で多少南にズレてしまったのだろう。
ちょうど四ツ目通りの向かいあたりには「錦糸町駅前」の降車場がある。かつては四ツ目通り上の系統はターミナルの混雑懸念でここを終点としたため、錦糸堀と名乗れずに便宜的に「錦糸町駅前」としたのだろう。その後、朝ラッシュ時以外はターミナルまで乗ることができるようになったが、実質的には四ツ目通り上の降車専用が錦糸町駅方面の「錦糸堀」停留所と見ることもできる。
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