都営バス資料館

船28

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担当営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
出入 船堀駅~宇喜田公園~西葛西駅~中葛西7~臨海車庫(臨海22)

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
141 S43.4.10 江戸川 18.348km 東新小岩4~新小岩駅北口~京葉交差点~春江小学校~篠崎町~本州製紙前~宮下~今井~松江~京葉交差点~新小岩駅北口~東新小岩4が開通、京成と相互乗入
141 S44.10.20 今井 18.348km 今井支所へ移管
新小24 S50.11.2 今井 11.860km 東新小岩4~今井に短縮、相互乗入を廃止
新小24 S58.2.1 今井 11.910km 東新小岩4操車所付近で一部経路変更
新小24 S61.9.14 今井 7.730/7.960km 新宿線篠崎開業により篠崎駅~本州製紙前~今井を短縮
新小24 S62.5.5 臨海 7.730/7.960km 今井支所・江戸川営業所を臨海営業所へ新設統合、臨海へ移管
新小24 H9.10.1 臨海 7.960km 篠崎駅付近で経路変更
船28 H10.3.30 臨海 6.530km 篠崎駅~一之江橋西詰~松江6~船堀駅に変更短縮、船28とする
船28 H16.4.1 臨海 6.530km はとバスに運行を委託

路線概要

 船堀駅から京葉道路経由で篠崎駅を結び、都営バスの定期路線では最も東に行く系統となっている。本数は少ない。かつては東新小岩四丁目発着だったが、不採算で路線を組み替えた結果、昔の名残は京葉道路上の一部区間だけとなっている。詳しくは歴史の項を参照。
船堀駅を出発すると、都営新宿線ガードの突き当たりを右折して進み、船堀スポーツ公園の手前で左折して銀杏並木通りへと進み、北上する。沿道には戸建て住宅が建ち並び、歩道には銀杏の木が等間隔で植えられているが、まだまだ生育途上で「並木通り」と名乗
るには……といった感。
新大橋通りを越えて今井街道に突き当たると右折するがすぐに左折、今度は松江四中通りを北上する。松江四中通り停留所の先に見えるバスの営業所は、宮園福祉自動車の営業所。さらに道を北上すると車窓に畑が点々と見えてくる。大杉東小学校停留所を過ぎて西一之江交差点を右折し国道14号京葉道路に入り東へ進む。
一之江一丁目で環七との交差点を過ぎ、中川に架かる一之江橋の西詰まで来ると、不思議な看板が目に入る。それは「有料道路京葉道路」と通行料金が書かれた標識と自動車専用道路規格の0キロポスト。
一之江橋から先は、NEXCO東日本(東日本高速株式会社)が管理する有料道路「京葉道路」の無料区間となっているのである。そのため、ここは都営バスで唯
一のNEXCO東日本が管理する道路を運行する路線という見方も出来る。歩道は江戸川区道という扱いだ。
もっとも、自動車専用道路規格のキロポストが時折立っている以外は一般的な国道と何ら変わりないので、言われなければ気づかないだろう。西瑞江一丁目停留所付近から、有料道路としての京葉道路の高架橋と合流し、高架下をしばらく走る。
篠崎駅入口交差点を左折して数百メートル走ると篠崎駅に到着である。この篠崎駅が都営バス最東端の停留所となる。

歴史

 昭和43年に京成との共同運行路線として開業した[141]が前身である。東新小岩四丁目から新小岩駅北口経由で京葉交差点まで来た後、京葉道路を直進して篠崎町まで進み、京成バスが頻発する篠崎街道を南下して鎌田地区を抜け今井に、そこからは今井街道を一之江・松江経由で京葉交差点に達して東新小岩四丁目に戻る大きなラケット状の循環路線で、京成の路線名は「京葉循環線」だった。旧来の都心直通の共同運行路線が渋滞や地下鉄の開業で下火になる中、新たな需要を掘り起こそうとしたのだろうか。
 昭和44年の「バス路線表」では両回りあり、都営分が30回、全線20~30分間隔となっている。始発6:30で終発18:40という早さが目を引く。
 しかし集客はさっぱりだったようだ。この系統の独自区間となる京葉道路(京葉交差点~篠崎町)はバイパスとして作られただけあって、昭和40年代はまだ沿線には田畑が多く宅地化も進んでいなかった。また、篠崎街道は小岩駅へバスが頻発しており、新小岩駅へも現在の[新小71](新小岩駅~篠崎操車場など)が早くて便利、今井街道は[新小22](新小岩駅~浦安)などが頻発とあっては、独自性を打ち出すことは難しかったのだろう。
 昭和50年11月に京成が撤退、都営のみで東新小岩四丁目~篠崎町~今井に短縮され、篠崎~今井は京成バスエリアに片乗り入れする形になった。それ以降も成績は振るわず、昭和52年度では平日19回の運転で1,013人/日、営業係数は189と当時の廃止路線を押しのけてワースト7位になっている。
 その後も乗客数800~900人程度、営業係数は常に200前後と、都区内の系統では最下位に近い成績だった。それでも昭和50年代の財政再建で整理対象にならなかったのは、都営新宿線の延伸を見越して将来に期待していたからかもしれない。
 昭和61年の都営新宿線篠崎駅開業では、東新小岩四丁目~篠崎駅という路線に短縮した。今井側は篠崎駅~今井~雷~葛西駅とする計画を取りやめ、京成との重複区間から撤退した。平日28回に増回したのは期待の表れだろうか。ただし、京葉道路や蔵前橋通りの渋滞が当時は酷く、全線で50分以上かかる便も存在した。乗客も伸び悩み、昭和62年度の営業係数は216を記録。その後は減便が続き、平成元年8月改正で平日土曜は朝夕のみ(休日は日中のみ)に減便。平成2年に[新小29]
が京葉道路を通らなくなることで多少本数は持ち直したが、乗客も400人/日程度にまで減ってしまった。
 昭和62年までは今井支所の担当で、末期は両側から一之江橋西詰止まりの設定があった。臨海移管後は途中止まりの設定はなく、出庫で同潤会→篠崎駅の区間運転があった。
 その後も低空飛行を続けたが、平成10年3月に新小岩を切り捨てて船堀駅発着に変更し、船堀街道と環七の中間の銀杏並木通り等を北上して西一之江交差点で京葉道路に入り、そこから篠崎駅まで行くようになった。系統番号は[船28]に改められ、京葉交差点~西一之江の区間からは撤退となった。
 この変更で、都営新宿線のフィーダー路線としての性格が明確となり、本数も毎時1本程度は確保されるようになって、乗客数も平成9年度の254人/日から300~400人/日へと上向いた。平成16年度からははとバスに委託されている。平成27年度の成績
は487人/日と若干は増えているが、営業係数は201と相変わらずだ。篠崎駅に路線を確保していることに意義があるだろうが、果たしてどうなるだろうか。

篠崎駅終点

 開通当初の篠崎駅は駅前広場がなく、京葉道路から現行経路よりも一本手前の道路を左折し、現在の (篠崎図書館)付近で終点となっていた。そこから右折して折り返し、現在通る道路から発車していたようだ。
 再開発で駅前広場の完成とともに平成9年に経路が現在のように改められ、路上の終点も見納めとなった。

江戸川花火大会

 8月上旬に開催される江戸川花火大会では、最寄の篠崎駅が花火客で混雑するため、花火終了後に臨時急行(篠崎駅→一之江駅→葛西駅)が運転される。京葉道路から篠崎駅までの区間は車輛通行止めとなり、都営バスが道路に待機して帰りの輸送を待つ姿が見られる。江戸川営業所に加え、南千住・江東などから応援で臨時が運転される。
 これに合わせて、[船28]も夕方から臨時増発したダイヤになっており、普段は閑散としている路線も満載の客を運ぶ姿が見られる。中型車で占められていた当時も、この時だけは大型車が色々と入っていた。

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