都営バス資料館

梅70

担当営業所

青梅支所

運行区間

系統番号 枝番 起点、経由地、終点 備考 キロ程(往) キロ程(復)
梅70 青梅車庫~三ツ木~大和操車所~東大和市駅~新小平駅~花小金井駅北口 28.210 28.210
甲-1 青梅車庫~三ツ木~箱根ヶ崎駅~大和操車所~東大和市駅~新小平駅~花小金井駅北口 平土のみ 29.010 29.010
折返-2 青梅車庫~三ツ木~大和操車所~東大和市駅 20.100
甲折返-1 青梅車庫←三ツ木←大和操車所 18.060
甲折返-2 大和操車所~東大和市駅~新小平駅~昭和病院~花小金井駅北口 10.150 10.150
青梅車庫~三ツ木~大和操車所~東大和市駅~新小平駅~小平駅 25.430 25.430
乙折返 大和操車所→東大和市駅→新小平駅→小平駅 7.370 7.370

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
301 S24. 8. 7 青梅 39.700km 青梅(現青梅車庫)~三ツ木~昭和病院~北裏~荻窪駅が開通
301 S35. 2. 1 青梅 39.110km 荻窪駅~杉並区役所~阿佐ヶ谷駅を延長
301 S35.10.15 青梅 39.010km 一部経路変更
301 S41.12.15 青梅 39.010km 平松~東青梅間の経路変更
301乙 S47. 1. 8 青梅 5.200km 青梅~青梅第三小学校を開設
301丙 S47. 1. 8 青梅 7.010km 青梅第三小学校~箱根ヶ崎を開設
梅70 S47.11.12 青梅 *** 新番号化、梅70とする
梅70乙・丙 S49. 4. 6 青梅 ***  青梅~青梅第三小学校を廃止、青梅第三小学校~箱根ヶ崎を廃止
梅70  S51. 4.15 青梅 39.210km 青梅駅付近を青梅駅前経由に変更
梅70折 S51. 9. 1 青梅 16.040km 小平駅~箱根ヶ崎駅を開設
梅70折  S51.10. 1 青梅 10.720km 箱根ヶ崎駅~東青梅を開設
梅70  S51.12.24 青梅 39.890km キロ修正に伴う変更
梅70  S59. 4. 1 青梅 30.770km 田無本町2~阿佐ヶ谷駅~荻窪駅を短縮
梅70甲 H 4. 4. 1 青梅 31.820km 田無本町2~柳沢駅を延長
梅70乙 H 4. 4. 1 25.430km 青梅~小平駅を梅70乙とする
梅70丙 H 4. 4. 1 16.020km 箱根ヶ崎駅~小平駅を梅70丙とする
梅70甲  H 6. 6. 1 青梅 31.820km 終点の青梅を青梅車庫に改称
梅70-2 H26.4. 1 青梅 *** 箱根ヶ崎駅発着を廃止、青梅車庫~箱根ヶ崎駅~柳沢駅を開設
梅70 H27. 4. 1 青梅 青梅車庫~花小金井駅北口に変更短縮

路線概要

 青梅市の青梅車庫と小平市の東端に近い花小金井駅北口を結ぶ。平成27年までは西東京市の柳沢駅の間、31.8kmを1時間50分かけて結ぶ東京都内最長の一般路線バス系統であった。ほぼ全区間にわたり青梅街道をひた走る。全線通しが約1時間おきの運行であり、平日・土曜は東大和市駅または小平駅までの運行が毎時1本程度加わるのが基本パターン。
 起点の青梅車庫は都バス青梅支所の構内に停留所がある。こんなところから乗る物好きはマニアだけだろうと思っていると、都立多摩高校の生徒の通学利用に遭遇したりする。構内から発車し国道411号に出るとすぐに「青梅車庫前」停留所。梅74ほかの裏宿町始発便のために設けられたポールでも客扱いを行う。バスは東進し青梅駅前の交差点でいったん左折、青梅駅前のロータリーに入る。この系統の実質的な起点と言え、車内は賑わいを増す。
 ロータリーを一周して青梅駅前交差点から再び街道(都道28号)を東進。昭和レトロをコンセプトに賑わいを生むべく、町並みや看板が昭和30年代風になりつつある一角を通過する。その当時、この系統はどのくらい賑わっていたのだろうか。勝沼交差点で奥多摩街道と分かれるとJR青梅線の踏切。青梅線もこのあたりでは単線であり、10両編成のオレンジ帯の電車がゆっくりと通り過ぎていく。踏切を越えると成木街道入口(東青梅)の交差点である。道路標識には「←飯能8km」「↑新宿43km」とあり、先の道のりの長さと、
飯能の意外な近さを印象づけてくれる。
 東青梅五丁目の先で右折して西多摩保健所前(日中はここまで所定で13分)、その先の西多摩保健所入口交差点を左折すると、いよいよ青梅街道の旅が始まる。ここから長岡までの区間は梅70の数少ない単独運行区間となる。青梅街道もこのあたりでは片側2車線が確保されており、大型トラックにつられてバスの速度もぐっと上がる。河辺駅入口を過ぎ、青梅市中心部からの乗客がぽつぽつと降りていく一方で、入れ替わりに乗車客もあり、意外とせわしない。
 西長岡から瑞穂町に入る。東長岡の先で国道16号と交わり、松原交差点で新青梅街道と分岐し左に折れ(旧)青梅街道に入ると、片側1車線となり、通行量もぐっと減る。大型トラックや中長距離の乗用車は新青梅街道に流れるのだろう。武蔵野の面影を感じさせる畑と屋敷を遠目に緩やかに坂を下ると、JR八高線の踏切を渡り箱根ヶ崎三丁目に到着。車内放送でも八高線の乗り換え案内が流れる。ここまで約30分。
 箱根ヶ崎駅の構内には基本入らないが、平日・土曜にわずかに存在する駅経由の便が存在する。箱根ヶ崎からは立川バスの[立12-1](立川駅北口~立川市役所~箱根ヶ崎駅)なども併走し、各停留所には都営と立川のポールが並んで立っている。
ただし、石畑だけは都営単独であり、立川バスの石畑駐在所は東に100mほど離れた場所となる。余談だが、箱根ヶ崎から都営バスで柳沢駅までは450円、立川バスで立川駅北口までは510円と立川までの運賃の方が高い。
 岸から武蔵村山市に入る。旧来の街道でこまめに乗降を扱いながら、きびきびと走るうちに武蔵村山市役所前。ここからは西武バス[立37](立川駅北口~東大和市駅~イオンモール)との併走区間となる。共通定期券も取り扱っているが、ダイヤの調整はなされていないのが残念。[梅70]の直前に西武バスが走り、バス停で待つ乗客を根こそぎ持って行かれるような光景も目にする。逆のケースもあるのだろうが。原山の先、その名も「大曲り」という交差点で左折するが道路は青梅街道のまま。細かいカーブが多く見通しはあまりよくないが、軽快なハンドルさばきが心地よい。
 奈良橋で右折。右折レーンがないので手間取ることがある。奈良橋の次が大和操車所前。青梅車庫から55分、ちょうど中間地点である。大和操車所持ちの運用の場合は、ここで乗務員交代となることも。その先で新青梅街道と交差しさらに直進。東大和市役所入口や東大和病院では乗降も目に付く。南街通りの先でクランク状に右折して東大和市駅前に到着。乗客の大半が入れ替わるかと思いきや、意外と車内には人が残った状態で出発する。なお、駅前広場に乗り入れるのは青梅車庫方面のみである。
 西武拝島線の高架をくぐり青梅橋交差点を左折して引き続き青梅街道を東進する。ここから小川三差路までは梅70の単独区間となるが、その先は西武バスの出入庫系統との併走区間となる。たまに立川バスの回送とも遭遇する。[寺51](国分寺駅北口~昭和病院)ほかの出入庫だろう。次の小川寺前(しょうせんじまえ)は、漢字は簡単だが難読停留所だと思う。中宿が意外と乗降が多いが、新東京自動車教習所の生徒と思われる。卒業後もバスに乗ってくれるだろうか。小川町一丁目を過ぎると西武国分寺線の踏切。踏切のすぐ先で府中街道がクランク状に交差するため、右左折のクルマも多く、ちょっとした渋滞ポイントである。特に西行は渋滞が伸び、[梅70]の遅れの原因ともなっている。
 さらに東進し銀河鉄道バスのバス停ポールを通り過ぎると新小平駅前。JR武蔵野線の接続停留所だが、線路はトンネル内のため影も形も見えない。次の停留所は青梅街道駅であり、今度は西武多摩湖線と接続する。列車本数は多くないが、踏切のすぐ北に駅ホームがあるため遮断時間が長くなりがちである。2つ先の小平仲町公民館では「小平駅にお越しの方はこちらで…」と放送される。次の小平駅入口停留所が青梅車庫方面のみの片方向停留所であるための措置なのだろうが、小平駅まではかなり遠く、歩くにも西武バスに乗り継ぐにもさらに一つ先の「熊野宮前」の方が便利である。西武新宿線で上り方面に乗り継ぐ人は我慢して田無まで乗るのではないだろうか。
 ここで小平駅止まりは本線と別れる。駅前通りを数百メートル北上すると正面に小平駅の駅舎が見えてきて、駅のロータリーで終点となる。
 本線はそのまま青梅街道を直進する天神町二丁目を過ぎ、新小金井街道と交差するあたりから踏切渋滞が始まる。西武新宿線の踏切である。[梅70]は5度も踏切を渡る点でも都内路線一の多さであるが、ここまで4箇所の踏切が単線であったのに対しここは複線で本数が多く、しかも踏切前後で線路がS字カーブとなっているため列車速度が遅い。苦労して踏切を越えると昭和病院前。多摩地域8市が関わる公立昭和病院の最寄り停留所であり、[梅70]も通院の重要な足となっている。ここまで所定で1時間30分。
 花小金井六丁目を過ぎると小金井街道と交差する。交差点の手前には立川バスの、先には西武バスの「青梅街道」停留所がそれぞれあるが、[梅70]はいずれにも停まらず、その少し先に「小平合同庁舎前」停留所を設置している。花小金井駅の最寄りでもある。ここで右折し、花小金井駅北口で終点となる。
 柳沢駅まで区間も記そう。ここからは西武バス[吉64](吉祥寺駅~花小金井駅)と併走するが、次の花小金井二丁目は都営バス単独の停留所であり西武は停まらず、その次の芝久保から二社のポールが並んで立つようになる。バス停に乗客が待っていても、[梅70]には乗らず西武バスを待つ人も多い。
橋場からは関東バス[鷹03](三鷹駅(北口)~田無橋場)も加わり賑やかになるが道幅は相変わらず片側1車線である。2つ先の田無警察署前、その次の田無駅入口はいずれも降車が多い。西武新宿線に乗り継ぐ人と思われる。駅までの距離は田無駅入口の方がわずかに近いが、信号待ちのロスを考えて1つ手前で降りる人も多いものと思われる。
 田無駅入口で車内はガラガラとなり、田無町三丁目を過ぎると田無町一丁目交差点の信号待ちに捕まる。新青梅街道との合流地点で信号が短く1回の青信号ではなかなか通過できない。なんとか右折すると田無町二丁目(旧:田無本町二丁目)。
昭和59年~平成4年まではここが[梅70]の終点だった。ここからはラストスパート、片側2車線となり流れのよくなった道を爆走、ガード下、柳沢を過ぎて左折し、都営アパートに囲まれた緩やかな坂道を登れば、終点柳沢駅前に到着である。

歴史

atozd_177  多摩・青梅地域の振興を目的として開設された系統である。民営各社のエリアを通り過ぎていくが、開通当初から現在に至るまで都営バス単独での運行である。開設までの詳細な経緯は明らかではないが、戦後すぐは周辺のバス路線も少しずつ復旧の最中であり、西多摩の各町を結ぶような街道筋の系統の整備はまだであった。戦中の「東京市電気局」から「東京都交通局」へ名前が変更され、名実ともに東京都の交通機関として、このような系統も扱うようになったということなのかもしれない。昭和24年8月に荻窪駅~青梅(現青梅車庫)が開通した。以来、青梅街道をひたすら走って今に至る。なお、同時期には、国鉄青梅線も東京までの乗り入れを開始している。
 開通当初は停留所の数もかなり限られており、荻窪駅を出ると関町二丁目、北裏、東伏見、柳沢駅下(柳沢駅通り)、田無町(田無駅入口)、芝久保(橋場)、花小金井(小金井合同庁舎)、昭和病院、小平役場(小平公民館)、青梅街道駅、小平郵便局(小平第一小学校)、上宿(小川三叉路)、青梅橋(東大和市駅)、大和村南街(南街入口)、奈良橋、貯水池下、中藤、原山、横田(武蔵村山市役所)、三ツ木、岸、殿ヶ谷、石畑、箱根ヶ崎、長岡、霞村新町(霞町新町)、追分(東青梅五丁目)、師岡(東青梅)、西分(住吉神社)、青梅駅(駅には入らず、青梅街道上)のみの停車であった(カッコ内は現停留所名)。停留所間が2-3km離れているところもあり、かなりの急行運転だったことが分かる。昭和35年2月には阿佐ヶ谷駅~青梅駅が延伸され、路線が完成した。
 途中停留所は年を追うごとに少しずつ増設され、昭和40年代中盤にはほぼ現在に近い形に出揃った。ただし、荻窪駅~北裏の区間は並行して多数走る関東バスへの遠慮もあったのか、最後まで急行運転となっていた。杉並区役所~東伏見で並行していた[東75](東京駅南口~清水・東伏見)の項も参照のこと。
本数は、開通当初から通し運行が1時間に1本程度とほとんど変わっておらず、60年以上にもわたって本線の本数にほとんど変化が見られないという意味でも稀有な系統と言える。長距離で運賃収受も大変なため、都営バスの中でも最後の方までツーマンで運行されていたが、昭和50年にワンマン化された。
 なお、年表中の昭和47年~49年に運行されていた[梅70乙][梅70丙]は、現在とは異なり、青梅第三小学校(仮移転中のことと思われる)の通学用に一時期運行されていたスクール系統である。青梅・箱根ヶ崎の双方から運行していた。小平駅・箱根ヶ崎駅発着の枝線が開通したのは昭和51年のことである。この時点では小平駅発着の本数は非常に限られたもので、朝夕のみ(土曜のみ昼も)2-3本ずつと、通学対策用のようなダイヤとなっていた。箱根ヶ崎駅発着については、当初は年表の通り東青梅発着が存在したようだが、昭和55年頃には小平駅~箱根ヶ崎駅という現在と同じ形に落ち着いている。
 昭和30年代初めには1,200人程度だった乗車人員も、昭和40年代には3,500人程度まで伸びてきた。しかし収支は当時からかなり悪く、昭和50年代も収支係数は200前後が続き、都営バスの中ではかなり悪い成績であった。しかし、収支が悪くても重要な役割を果たしていることは変わらず、存続に向けて、昭和59年度より沿線自治体の赤字額の公共負担を行うことになった。このときに、[梅70]関係で負担に関する協定の締結が行われた市町は青梅市・瑞穂町・武蔵村山市・東大和市・小平市・田無市の6つ。[梅70]の沿線であっても保谷市や東京23区は入っていなかったのである。
結局、田無市と保谷市の境である田無本町二丁目まで路線を残すこととし、昭和58年度、すなわち昭和59年3月31日の運行をもって、田無本町二丁目から阿佐ヶ谷駅までが廃止された。関東バス・西武バスの路線もあり、必要度が低いと判断された結果だろう。
 田無本町二丁目の短縮後は、「田無」とだけ書かれた行き先表示も特徴的であった。終点到着後は、そのまま青梅街道を進みかつての東伏見操車所を使って折り返していたが、末期は閉鎖されたのか、柳沢駅近辺の道路を使って折り返していたようだ。そして、短縮から8年後の平成4年4月から、回送するならということか、柳沢駅まで営業運転するようになって今に至っている。それから20年が経ったことになる。
 阿佐ヶ谷からの短縮前は3,600人いた乗降客数は、短縮で2,600人前後に減少したものの、最近の乗降客調査でも2,800人程度となっており、利用は堅調なことがうかがえる。また、ダイヤについても分かりやすさを重視したものに変化してきている。平日・土曜で言うと青梅車庫~柳沢駅の本線が40~60分間隔で、その間に適宜青梅車庫~小平駅・東大和市駅の折り返しがランダムに挟まるようになっていたが、平成17年のダイヤ改正からは、朝夕以外は30分等間隔となり、柳沢駅・東大和市もしくは小平駅が交互に来るような使いやすいダイヤとした。
 その後も3年ごとに沿線の各自治体と公共負担の締結を継続しているが、各地の議会の議事録を見ると、公共負担の継続にはやや温度差があるようだ。平成26年度は公共負担系統の今後を議論するという意味合いも兼ねて単年度での更新となっていた。特に西東京市議会では路線の末端で大ターミナルへの接続もないため乗車効率も低く、負担金の拠出に疑問が何回か出ていたこともあるようで、ついに負担金を拠出しないとの判断になり、平成27年春の改編で西東京市域から撤退し、花小金井駅発着となった。
 今後とも東西に多摩を貫く長距離系統として維持できるか、気になるところだ。

裏宿町行き?

 平成10年に、[梅74][梅76]の一部便は青梅車庫~裏宿町まで延伸された。この時に方向幕も作り直されたのだが、[梅70]にも裏宿町発着の表示が用意されたのである。当初は延伸する予定だったのかは不明だが、青梅車庫発の表示は「青梅・裏宿町」と始発地が裏宿町の兼用表示だったため、幻の表示と言いながら常に見られる状態だった。
 平成16年頃にこの表示は改められ、[梅70]の部分は作り直されて青梅車庫始発の表示となった。都営バスでは数少ない幻の方向幕表示と言える。詳しくは「方向幕・LEDの部屋」も参照のこと。

利用実態

 青梅市が平成23年から主催している公共交通協議会で、今後の交通のあり方を議論することを目的として、各系統の利用実態の調査を行った。春休み中の平日で通学利用は拾えていない時期の調査であるが、[梅70]は平均乗車密度が9.5人とさほど悪くない数字と言える。また、輸送の谷間のような区間が存在せず、市をまたぐ利用も多い。青梅市域から見ると、市内完結は35%、隣の瑞穂町まで18%、東大和市まで16%。それ以遠の小平市も6%、西東京市までも5%と一定数存在するのが特徴だろう。また、青梅市側の利用は全体から見ると大勢ではなく、むしろ武蔵村山市役所付近~新小平駅までが平均輸送密度が10人を越えるピークとなっている。小平駅で本数が段落ちするが、小平駅の利用は100人/日程度と非常に少なく、昭和病院・田無駅入口までの需要も大きいため、輸送上の段差が小平駅前後で生じているわけではない。
 乗降の多い停留所は、青梅駅・河辺駅入口・武蔵村山市役所・奈良橋・東大和病院・南街入口・東大和市駅・新小平駅・昭和病院・田無駅入口と路線全体に分布しており、鉄道との乗り換えも多いであろうと推測できる。柳沢駅での乗降は17人/日と非常に少なく、田無駅入口の乗降が192人/日とはるかに多いのが面白いところだ。急行停車駅だからだろうか。

共通定期

 乗客の利便性を図るため、同一区間で複数事業者のバスが利用可能という共通定期が昭和50年代より販売されている。23区内では都バスの一般定期が23区内の全線利用可能なのに対して、共通定期は区間・系統指定となって利便性がむしろ低下するケースも多いことから見ることは少ないが、元から区間指定となる青梅管内、特に[梅70]沿線で学生を中心に共通定期が使われている。
 [梅70]では3種類の共通定期があり、柳沢駅~小平合同庁舎で西武[吉64](吉祥寺駅~花小金井駅)、小平合同庁舎~熊の宮で西武[武17](武蔵小金井駅~小平駅)、そして東大和市駅~長円寺で西武[立37](立川駅北口~イオンモール)が設定されている。特に最後は並行区間が長いことから利用が目立つようだ。なお、路線短縮に伴い平成27年からは[吉64]との共通定期の設定はなくなっている。

青梅市花火大会

 毎年8月上旬に開催される青梅市花火大会だが、開催時の案内を見ると、「この花火大会は、都営バス路線が青梅地域に開通したのを記念して始まりました」の文字が。この系統を記念してのことだが、バス路線を記念して開催される花火大会というのは、全国広しといえども、ここくらいなものだろう。平成24年には64回を迎えた花火大会だが、青梅市にとって、[梅70]が重要な地位を占める路線であることが分かる。

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