担当営業所
千住営業所
運行区間
系統 | 区間 | 距離 | 備考 |
本 | 錦糸町駅~押上~曳舟駅~白鬚橋~京成関屋駅~千住2 | 8.586km |
年表
系統 | 年月日 | 営業所 | 距離 | 概要 |
137 | S40. 9.25 | 千住 | 8.873/ 8.113km | 錦糸町駅~千住二丁目が開通、京成と相互乗り入れ |
137 | S44. 1.20 | 千住 | (8.586km) | 一部経路変更 |
137 | S44. 9. 1 | 千住 | *** | 錦糸町駅~千住二丁目を廃止 |
路線概要
錦糸町駅と千住地区を結ぶ。京成との共同運行路線であった。錦糸町駅から押上まで四ツ目通りを直進した後、現在はスカイツリータウンとなった業平橋駅の構内を左に見ながら押上一丁目の踏切を渡り、本所高校の手前を右折し、現在の[墨38](両国駅~東京リハビリテーション病院)と同様に曳舟駅下を通り、曳舟川交差点で明治通りに入り、百花園を左手に見て、隅田川の手前で白鬚橋を右折、墨堤通りを北上する。そのまま道なりに京成関屋駅で京成線をくぐり、牛田駅を右に見ながら常磐線の線路をくぐり、千住宮元町の交差点で一旦右折して日光街道を北上、足立区役所(現千住一丁目)、千住二丁目と通るが北千住駅側には入らず、千住二丁目で左折して千住龍田町から墨堤通りに入り、千住宮元町の交差点に戻るという循環状の折り返しとなっていた。循環部分はかつての[王45](王子駅~足立区役所)と基本的に同様である。系統の終点は千住二丁目という扱いだったが、またいでの乗り通しが可能だったかは不明。
歴史
昭和40年9月に設定された、相互乗り入れ系統の中ではかなり新しい路線である。従来型の長距離の郊外都心直通路線は、渋滞や地下鉄の相互乗り入れの始まりで限界が見えており、新たな可能性を模索していたと思われる。錦糸町から千住方面に行くには、亀戸から東武亀戸線経由で向かうか、国鉄で大回りするしかなく、この路線を設定したのだろう。一見京成エリアと関係ないように思えるが、墨田区北部の墨堤通りの区間は、現在でも京成タウンバスの[有01](浅草寿町~亀有駅)が通っているように、京成の縄張りということになっているようだ。京成としては初の北側から錦糸町への乗り入れとなった。京成は「錦糸町線」と名乗っており、金町営業所の担当だった。
開通時は2社合わせて60往復程度と、それなりの本数が確保されていた。所要時間は40分弱。北千住駅発着ではなかったのが興味深いが、北千住駅構内が狭くて新たな路線の乗り入れが困難だったこともあるのかもしれない。
しかし、当時の乗降客調査を見る限り、かなりの空気輸送だったことが窺える。特に千住側の乗客が少なく、4年も経たずに全線廃止されてしまった。東武線と競合するということもあるのだろう。
その後、平成3年に墨田区の請願で[墨38]が開通し、本所高校付近~墨田二丁目の区間は復活を遂げた。そして平成15年3月には地下鉄半蔵門線が押上まで全通、錦糸町から北千住までが鉄道で直結された。廃止から30年余り、鉄道という形で2地域を結ぶという役割が蘇ったのである。