担当営業所
深川営業所
運行区間
系統 | 区間 | 距離 | 備考 |
本 | 国際展示場駅~東京港フェリーターミナル | 2.980km |
年表
系統 | 年月日 | 営業所 | 距離 | 概要 |
海02 | S60. 7.20 | 深川 | 10.300km | 東陽町駅~夢の島~フェリー埠頭南ターミナルが開通 |
海02 | S61. 3.24 | 深川 | 10.200km | 一部経路変更 |
海02 | S63. 6. 8 | 深川 | 9.990km | 辰巳橋から新末広橋経由に変更 |
海02 | S63.12. 1 | 深川 | 6.720km | 京葉線の延長により新木場駅-東陽町駅を短縮 |
海02 | H 6.10.23 | 深川 | 6.590km | 鉄鋼埠頭入口(現ビッグサイト東棟)~フェリー埠頭入口を海寄りの道路に変更 |
海02 | H 8. 3.30 | 深川 | 7.510km | 臨海副都心線の開通により国際展示場駅に寄り道・かつ東展示ホール経由に変更 |
海02 | H 9. 2. 1 | 深川 | 7.440km | 2停留所を統合、終点をフェリー埠頭南ターミナルから東京港フェリーターミナルに変更 |
海02 | H13. 8. 1 | 深川 | 2.980km | 新木場駅~国際展示場駅を短縮 |
海02 | H15. 4. 1 | 深川 | *** | 国際展示場駅~東京港フェリーターミナルを廃止 |
路線概要
国際展示場駅とフェリー埠頭の先端、東京港フェリーターミナルを結ぶ。
東京の旅客フェリー乗り場であるフェリー埠頭へのアクセス路線として設定されていた。最末期は国際展示場駅発着となっており、国際展示場駅からビッグサイト前の道路に出て、フェリー埠頭の交差点を左折し有明埠頭橋を渡りフェリー埠頭に入る。
沿道の雰囲気はがらりと変わり、コンテナが積まれ倉庫が並ぶ風景となる。脇道に入り「沖縄行き乗り場」を通過、フェリー乗り場入口停留所を通過する。巨大トレーラーとすれ違うことも多い。車のレース場のように使う者がいたためか、20:00~4:00の夜間は閉鎖のうえ、スピードを出しすぎないよう路面に凹凸が連続して設けられており、乗り心地はすこぶる悪い。大きなフェリーターミナルの建物が見えてくるとまもなく終点で、建物1階に設けられた専用スペースが乗降場となっている。目の前にはフェリーターミナル2階に上るエスカレーターがあり、乗船窓口まで楽にアクセスできるようになっていた。
路線の歴史
昭和40年代にかけて10号地その2として埋め立てられた島のうち南側の突端部分を用い、昭和49年に旅客船が発着するフェリー埠頭が開港した。同じ島内のうち、沖縄行き乗り場などが発着する東西部分は10号地埠頭と名乗っている。いずれも旅客向けよりは貨物輸送としての拠点の性格が強い。
.
当初は定期バス路線が存在しなかったが、「フェリー埠頭」の方向幕は存在しており、フェリーに合わせた臨時便が走っていたようだ。昭和60年7月にようやく定期路線が設定された。[木11]と同じく東陽町駅か
ら明治通り・夢の島を経由し、湾岸道路を経由してフェリー埠頭に入るというルートだった。
.
昭和63年には湾岸道路の一本南の倉庫街を走る道に変更された一方で、12月のJR新木場駅の開業に伴って新木場駅発着に短縮された。
その後、有明地区の開発とともにビッグサイトの建設などで道路が何回か付け替えられたほか、平成8年3月のりんかい線開業では東雲駅・国際展示場駅の開業で、それぞれの駅ロータリーに立ち寄るよう変更している。平成9年2月には終点の東・南に分かれていた旅客ターミナルが新しくなったことで停留所も統合され、終点がフェリー埠頭南ターミナルから東京港フェリーターミナルへと変更された。なお、方向幕の行先表示は元から「フェリー埠頭」だったので変化はなかった。
.
この時点では新木場駅発着を維持していたが、乗客が多いとは言えなかった。開通当初より港湾局から赤字補助を受ける系統だったが、平成13年8月に効率化で国際展示場駅に短縮、3kmを切る短距離路線となった。この頃までには運行補助が終了していたのだろう。再末期は昼間を除く朝夕に20分間隔程度で走っており、2輛でピストンしていたと思われる。
そして平成15年3月限りで全線廃止となった。廃止後のアクセスとして、送迎ワゴン車が運行されている。当初は朝夕に20分間隔で走っていて一部は予約制だったが、現在に国際展示場駅発は夕方のみ、フェリー埠頭発は早朝のみに縮小、平日は東京港埠頭株式会社、土休日は日の丸リムジンが運行するようになっている。
臨港道路南北線
現在の東京港フェリーターミナルの目の前では急ピッチでトンネル工事が行われている。対岸の中央防波堤へ渡るもので、臨港道路南北線として平成28年度から整備が開始された。現在江東区側から中央防波堤に渡る道はゲートブリッジと[波01]の通る第二航路海底トンネルのみで、コンテナ取扱高の増加で交通量が増大、特にトンネルは慢性的に混雑するようになった。それへの対策や2020東京大会の会場アクセスの改善としてフェリー埠頭経由の道路に白羽の矢が立ち、通常は数年かかる往復4車線のトンネルを大会に間に合うように急ピッチで建設中である。完成後はこの埠頭に路線バスが復活する日が来るのかもしれない。
不遇な新曙橋
新木場駅を出ると[海02]は新曙橋を渡って辰巳の倉庫街に入るが、そこに新曙橋の停留所があった。近隣の企業関係者以外はまず用のないバス停で、平成12年の[急行05](錦糸町駅~東京テレポート駅:当時)開業時は数少ない急行区間として、[海02]の停まる新曙橋・辰巳三丁目・東雲駅は通過となった。
平成13年8月に[海02]が短縮された際、後者2つは[錦13]が停まるのでよいものの、新曙橋はそのまま[急行05]が代わりに停車することもなく廃止となり、忘れ去られた停留所となった。平成30年には新木場駅から[錦18]が国際展示場駅まで延伸されたが、[急行05]と同じく上記の停留所は通過となっている。
フェリー臨時急行
フェリーターミナルの接続系統らしく、船の到着に合わせて臨時急行が運転されていた。昭和61年の記録では沖縄行き乗り場~東陽町駅の急行も毎日運転されていた。東陽町駅~フェリー埠頭時代は両方向ともに急行表示が用意されていたが、平成4年頃以降は新木場駅行きのコマのみ用意されていた。
平成12年の方向幕交換以降はそもそも急行表示が用意されなかったが、写真を見る限り「都営バス」表示でも運転されていたのだろうか。
乗船案内・沖縄行乗り場入口
東陽町駅の乗り場には航路案内があったほか、テープの放送案内時代は各乗り場からの乗船案内があって旅情を誘ったが、旅客フェリーは採算が取れず撤退が続いた。平成11年には近海郵船の釧路行きが廃止され、同時期ブルーハイウェイラインの苫小牧行きが旅客営業を休止。平成13年にはブルーハイウェイの那智勝浦・高知行きも廃止となり、新門司発着のオーシャン東九が残るのみとなっている。
「沖縄行き乗り場」の停留所からは昭和63年当時、琉球海運の「ありあけ」と大島海運(現・マルエーフェリー)の「さんしゃいん おきなわ」が日本最長フェリーである沖縄行きをそれぞれ運行していたが、琉球海運は平成13年に、マルエーフェリーも平成26年に旅客扱いを廃止し貨物便のみとなっている。