都営バス資料館

×67

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担当営業所

新谷町営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
日暮里駅~御行の松通り~清島小~都立忍岡高校~東神田~箱崎町~東京駅八重洲口  (10.674km)

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
67 S30. 4. 7 新谷町 11.097/10.997km 日暮里駅~入谷鬼子母神~浅草橋駅西口~箱崎町~京橋~新橋が開通
67 S36.10.11 新谷町 11.097/10.997km 新橋行きの元浅草1~鳥越町間を佐竹通経由から小島2経由に変更
67 S45. 7.12 新谷町 (10.674km) 日暮里駅~入谷鬼子母神~浅草橋駅西口~箱崎町~東京駅八重洲口に変更短縮
67 S46. 3.17 新谷町 ***  日暮里駅~東京駅八重洲口に変更短縮

路線概要

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 日暮里駅から台東区中央部・中央区を南北に結び、佐竹通り南口・箱崎町を経由し東京駅八重洲口に至る。昭和45年までは中央通り経由で新橋を発着していた。
 日暮里駅からまっすぐ進み、東日暮里三丁目の先の第三日暮里小学校で右折する。ここから少しばかり狭い道路を南下すると「御行ノ松通」で、江戸の名所として安藤広重の絵にも描かれた「御行の松」がこの先にある。昭和初期に樹齢350年ともいわれた松は枯れてしまったが、一部が今の松の脇に保存されている。両脇に寺が並ぶエリアを通りすぎ、根岸三丁目で金杉通りと交差する。この区間は入谷朝顔市で言問通り経由のバスが迂回してくる区間でもある。
 入谷駅の地下鉄出口が見えたところで昭和通りに右折し、入谷鬼子母神ですぐに昭和通りと分かれて清洲橋通りに入る。山伏町、清島小学校(現台東小学校)と東上野エリアを南下すると銀座線の稲荷町駅と交差し、さらに南下する。白鴎高校を過ぎて春日通りと元浅草一丁目で交差し、その先で一本東の通りに移る。一方通行指定のため日暮里駅と新橋駅方面では通る道路と停留所が多少異なっている。
 日暮里駅方面のみ停まる佐竹通りは清洲橋通りの西側に並行する商店街で、秋田の久保田藩主佐竹氏の屋敷があったことに由来する名で、下町の中でも特に栄えた商店街だったという。バスの進んだ先の鳥越町の手前では「おかず横丁」で有名な鳥越の商店街が広がっている。
 鳥越二丁目の交差点で蔵前橋通りと交差し、都立忍岡高校の停留所を過ぎる。江戸時代は大名庭園としても著名だった蓬莱園の跡地に建つ。忍岡は上野の不忍池の周囲の丘陵地の別名で、本校の前身が上野池之端にあったことに由来する。
 そこを過ぎると浅草橋駅西口停留所。江戸通りに面した東口に比べるといかにも裏口然としている。総武線のガードをくぐり、神田川を渡ると靖国通りに突き当たり左折する。その辺りに馬喰町四丁目の停留所があった。
 そのまま都心に向かわず、岩本町から人形町通りに入って小伝馬町・人形町・水天宮と進む。水天宮も直進し、箱崎町で右折して湊橋を渡り、霊岸島を過ぎる。穏やかではなさそうな名前だが、江戸時代初期に霊巌上人によって創建された霊巌寺に由来する。もっとも、寺は早々に深川地区に移ってしまったようだが……。
 突き当たりで右折し八重洲通りに入るとあとは駅に向かって進むだけで、東京駅八重洲口が終点となる。八重洲口を終点としていたのはごく末期だけで、それ以前は八丁堀から鍛冶橋通りに入り、京橋で左折して中央通りから銀座を抜けて新橋を終点としていた。

歴史

 概要の項を見ても分かる通り、バスの本数の多い大通りをほとんど通らずに裏通りを通る割合が高い系統である。特に日暮里~浅草橋はほとんどがこの系統の独自区間と言ってもよい。開業は昭和30年4月と一般系統の中でも遅めで、休止免許やバスの通していない区間を中心に設定したとも言える。といっても、このバスだと沿線から日本橋・上野・浅草へ直接出ることができず、唯一銀座・新橋へ出られるものの他系統よりかなり遠回りという微妙な設定だった。
 この系統の独自区間のうち戦前もバスが通っていた区間と言えるのは、入谷鬼子母神~稲荷町や、竹町(元浅草一丁目)~豊島町(東神田)の縦の通りの区間だろう。
 独自区間は多かったものの線形が微妙だったのか、昭和46年3月にあっさりと全線廃止されてしまった。廃止の直後に日本橋地区の広域一方通行が指定されており、その後も生き残っていたらさらに複雑怪奇な経路になっていたことだろう。
 廃止直前の昭和45年7月には東京駅八重洲口発着に短縮され、廃止後は水天宮~東京駅の間だけ代替する形で[26乙](東京駅八重洲口~新葛西橋→[東26])が朝夕だけ開設された。地下鉄が近くになかったこともあり、通勤需要が残っていたということだろうか。
 [67]の廃止により、台東区を南北に横断する交通は昭和通り~かっぱ橋道具街の間がかなり空いてしまった。昭和52年には道具街を通っていた都電の代替である[草40](千住車庫~浅草橋)も廃止され、国際通りまでの広い区間が空白地帯になった。ここを通すと上野・浅草のいずれも通すのが難しく、乗客の需要と合わないからだろう。近年になって台東区コミュニティバスの「南めぐりん」「東西めぐりん」によって復活したが、台東区役所・上野駅や浅草を寄る都合もあり、復活区間は一部に留まっている。

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