担当営業所
目黒営業所
運行区間
系統 | 区間 | 距離 | 備考 |
本 | 五反田駅~魚籃坂下~一の橋~赤羽橋~金杉橋~新橋駅 | 6.920km | |
出入 | 五反田駅~目黒駅 |
年表
系統 | 年月日 | 営業所 | 距離 | 概要 |
505 | S42.12.10 | 目黒 | 6.920km | 都電4(五反田駅~銀座2)の代替で五反田駅~新橋駅が開通 |
504 | S43. 2.25 | 目黒 | 6.920km | 504系統に名称変更 |
橋99 | S47.11.12 | 目黒 | *** | 新番号化、橋99とする |
橋99 | S54.11.23 | 目黒 | *** | 五反田駅~新橋駅を廃止 |
路線概要
都電4系統(五反田駅~銀座二丁目)の代替バスである。五反田駅から赤羽橋までは現在の[反94](五反田駅~赤羽橋駅)と同じため、そちらの項目を参照のこと。[反94]との違いは五反田駅~魚籃坂下の停留所がさらに当時より少なかったことで、五反田駅、高輪台駅の次は明治学院、その次は清正公前となっていた。当時は桜田通り上にも清正公前の停留所が存在した。
赤羽橋から先は現在の[都06](渋谷駅~赤羽橋駅~新橋駅)と同じで、古川に沿って芝園橋を経由して金杉橋まで出た後、第一京浜を新橋駅まで北上して終点となっていた。なお、都電時代はさらに中央通りを直進し、銀座の部分を一通り通り抜けた後、北端である銀座二丁目が終点となっていた。
歴史
概要にも書いた通り都電4系統の代替である。昭和42年の代替時には、銀座の区間を切り捨てて新橋駅止まりに設定された。金杉橋止まりだった都電34系統(渋谷駅~金杉橋)がバス代替されたら新橋駅まで延長された(→[都06])のとは対照的である。当時、一ノ橋界隈から銀座方面に出るには[71]→[橋86](目黒駅~日本橋三越)があり、また五反田・高輪からは都心まで直通する[122]→[東96](五反田駅~東京駅八重洲口)があったことを考えると、さほど重要視されていなかったのだろう。
しかしながら、新橋止まりだったことが系統の寿命を早めたようにも思う。走っているところは悪くないのだが、都心まで直通してくれるという利点を捨ててしまい、他系統と役割が重複する中で乗車効率は悪かったようで、昭和54年の改編で廃止されてしまった。 この時点で、高輪台駅~(第一京浜)~清正公の部分は一旦バス路線が消滅したが、昭和57年の改編で[反96](五反田駅~赤羽橋~三田~五反田駅)が誕生して復活した。区間復活は都営バスにおいてはかなり珍しいことである。その後も幾度かの改編で路線形態は何回も変わり、平成12年の大江戸線改編で五反田駅~赤羽橋の都電の経路でのバスは一旦廃止されたが平成14年に復活して現在は[反94]として走っている。